ジャワ舞踊の衣装 ガンビョン

ガンビョン(ソロ様式のジャワ舞踊)は民間で発生した舞踊なので、衣装は簡素である。基本はカイン(腰巻)を正装と同じように巻き、上半身に絞りの布(クムベン)を巻き、サンプール(2.5〜3mくらいのショール状の布)を肩にかける。ジャスミンの花輪を首にかけ、髪を結う。一方、宮廷舞踊だと通常より1.5倍長いジャワ更紗を引きずるように着付け、ビロードにビーズや金糸の刺繍を施した豪華な胴着を着て、腰にサンプールを巻き、豪華なバックルのついたベルトで留める。頭には羽のついた冠を被る。ただし、ガンビョンを正式にレパートリーに取り入れたマンクヌガラン王家では、絞りの代わりにビロードの胴着を着て、冠を被る。だが、この着付はあくまでも例外だ。
ガンビョンのカインは、今ではソガ色(ソロ特有の茶色い色)のパラン模様のバティック(ジャワ更紗)を巻く。しかし、このパランだが本来は王族の禁制柄である。1976年発売のカセット『Gambyong ガンビョン』(ACD045)のレーベルでは、踊り子はパラン模様ではないバティックを着ている。また、昔はガンビョンと言えばカラフルな色物のカインというイメージがあったという。色ものバティックといえば、中部ジャワ以外の地方のバティックには赤色や青色が使われる。それに対して、王宮があったソロではソガ色、ジョグジャでは白地にこげ茶というシックな色合いのバティックを着る。要するに、ジャワの基準では、色ものは田舎製で王宮のものではない。ソガ色のパラン模様のバティックを巻くというのは、ガンビョンを王宮舞踊風に仕立てようとしているということなのである。
それに伴ってか、アクセサリや髪型も変化している。現在では、ソロのガンビョンにはバングントゥラッという髪の結い方をする。これはソロの王宮の女官や王女達が儀礼のときにする結い方だ。昔、王族の催しの余興に呼ばれた踊り子が、その髪型で入るように指示されたことがきっかけだという。もっとも、ソロ以外の地域ではこの髪型のかつらが手に入らないので、一般的な髪型で代用する。その頭頂部に櫛を挿したり、ムントゥルと呼ばれる簪を挿すのも宮廷風だ。ムントゥルは宮廷内では本来王女しか使えない。このムントゥルだが、20年前と比べて、おしなべてデザインが大ぶりになっている。
ガンビョンでは、ジャスミンの大きな花輪を首に掛ける。それは豪華なアクセサリを持たない庶民にとってのアクセサリ替わりだとしか思っていなかったのだが、ガンビョンの衣装で一番重要なのは、実はこのジャスミンの花だと衣装着付の人から教えられた。そうしたら、1953年9月発行の雑誌『Budajaブダヤ』の記事で、踊り子が首にかけたジャスミンの花をもらって病気の子供にかけてやると病気が治ると信じられているという話が出てきた。当時、ガンビョンには扇情的なイメージがあることも書かれている。それでも神聖な舞踊というイメージは失われておらず、ジャスミンはその神聖さの象徴なのだろう。
ガンビョンの衣装のバリエーションとして、金泥でアラス・アラサン模様(森に住む様々な動物を描いたもの、森羅万象を表す)を描いたカインとクムベンをセットにしたものがある。一時期流行したようだ。私が留学する1990年代半ばの頃には下火になっていたが、衣装屋ではよく見かけた。この柄は今では一般化しているけれど、そもそも王宮の花嫁衣装の柄である。ガンビョンには格が高すぎる柄だと思うのだが、ガンビョンは結婚式でよく上演されるので、ゴージャスな舞踊の衣装を望む人々の嗜好を汲んで考案されたのだろう。花嫁風ということで言えば、最近は豪華に見せるためか、花嫁風にティボドド(ジャスミンの花を房のようにつなげて作った飾り)を髪に挿すこともよくある。
肩にサンプールをかけるのは民間舞踊に共通している。タユブというガンビョンの元になった踊りでは、踊り子が観客にサンプールを掛けて舞台に誘い込むのだが、踊り手は首に適当にサンプールを引っ掛けて踊っている。ガンビョンでもそうしても良いと私の師匠は言っていたのだが、今では誰もがサンプールをきれいに四つ折りに畳みブローチで留める。品よく見せるためなのだろう。
こんな感じで、民間舞踊のガンビョンも、次第に地域の伝統を強調し、宮廷風、花嫁の豪華な装い風になってきている。実はこのような傾向は伝統行事一般に言える。ジャワでは舞踊上演の場として結婚式がポピュラーだが、結婚式の会場の飾り付けや花嫁花婿の衣装は伝統的だが王宮風の派手なものになり、正装する人たちの結髪やクバヤ(上着)も派手なデザインになってきている。ただ、ガンビョンの衣装の中でも絞り自体は豪華にならないなあ、なんて思う。日本の着物の絞りのように高度で繊細な絞り、絹の絞りが流行るなんてことはなさそうなのだ。たぶん、絞りには庶民のものという印象が強すぎて、そこで贅沢するよりも、ぱっと見て豪華に見える方が良いのだろう。