バスは時折大きく揺れながら走り続けていた。都心のターミルが終点だが、その三つ手前のバス停で、他の乗客はみんな降りてしまった。バスの中には僕と小湊さんだけが残った。正確には僕と小湊さんとバスの運転手だけがいた。
僕たちが住んでいる東京の外れの町は、都心部までバスでこうして走れば、渋滞していても一時間もあれば到着するし、電車を乗り継げば四十五分ほどしかかからない。中学生の時に、自転車で友だちと買い物に来たことだってある。あの時も、たぶん二時間もかからずにたどり着いたはずだ。
それなのに、僕たちが住んでいる町と東京の都心部とは全然違っていた。新宿や渋谷にも汚い場所はたくさんあったし、やばそうな人たちもたくさんいたけれど、それでも、僕たちが住んでいる町の方が薄汚れているように僕には思えた。
僕はバスの前方を眺めた。高層ビルが真正面に立ちはだかっているように見えた。まだ明かりの付いている窓の方が多く、バスが揺れる度に、その明かりの滲みが上下に広がっていくように思えた。
「私が好きだったって、知ってた?」
小湊さんの声がして、ふとシャンプーの匂いがした。今日、出かける前にお風呂に入ってきたのか、と思った。
「聞いてる?」
「なに?」
「聞いてなかったんでしょ」
そういうと、小湊さんは僕のほうに向いてもう一度少し大きな声で言い直した。
「私、好きだったんだよ」
僕はなんのことだかわからない。
「なにが好きだったのさ」
「だから、斉藤くんのことよ」
「僕のこと?」
小湊さんは、ため息をつくと、また前を見て座席に深く座り直した。
「全然、気付かなかったよ」
僕がそう言うと、小湊さんは笑った。
「まあ、斉藤くんのそういう鈍いところが好きだったんだけどさ。でも、心配はいらないよ」
「どういうこと?」
「今は別に好きじゃないから」
「あ、そうなんだ」
そう聞いて僕は気が抜けてしまう。
「いまでも好きな人を家出に付き合わせたりしちゃ悪いじゃない」
「僕ならいいのかよ」
今度は僕が笑ってしまった。
「ちょうどいいのよ、斉藤くん。前に好きだったくらいだから、嫌いな人じゃないでしょ。それに、ちょっと鈍いくらいの人だから、エキセントリックにいろいろ私を問い詰めたりもしないだろうし」
小湊さんの話を聞きながら、それはその通りだな、と僕は妙に納得していた。(つづく)