ピアノ曲を歌う

  〈アパショナータ〉  作曲 L.V.ベートーベン 作詞 斎藤晴彦

キム・ジハの詩を読むと 悲しい 涙が流れる 切ない キム・ジハの詩を読むと 怒りで 身体が震える ガタガタ キム・ジハ 君は いずこの道から いずれの道へと オイラを導くのか 答えろ
キム・ジハ 泣いて キム・ジハ 笑って キム・ジハ 黙って 一人ぼっちか そうではあるまい 君には数多の黄金に輝く魂達の 無数の叫びの只中 君には見えるさ同胞たち人間が 希望という字は 日本国では あんまり使われてはいないのです いわんや 民主主義などという字は 全く 形骸化しておりまして 複雑怪奇な状況なのだと ますます 韜晦していく インテリ 己の存在証明 即ち へのへのもへじで 煙に巻くのです 己の保身を心を配って なるたけ 曖昧模糊なる関係 分かり易さには軽蔑的 且つ 難解なものをもてはやす馬鹿だ キム・ジハの侮蔑 聞こえてくるようだ 反日民衆 搾取を憎んで 日韓癒着は みんなの責任 大韓航空 前からスパイだ!? なんとか言っては 反ソだ ロスケだ 右翼も左翼も仲良く連帯 アジアの民衆 お安く使って――
お話変わって このアパショナータ キム・ジハさんにはぴったりこんだと 私は前から思っていました 皆様 試しになんでも良いから 帰って 読んだらいかがでしょうか ベートーベンさん すぐれたところは このわかりやすさにあるのであります 湧き上がる勇気 不屈の精神 キム・ジハさんとはいい勝負――
叫びは 反抗のしるし 変革 人がつくる 解放 世界の夢 愛する人がいるか 赤は闘い 青はブルース 意志だ力だ いくぞ みんなで手を組み 一歩も引かずに 怠惰な日常 破るぞ今こそ 自動車をやめて 自転車通勤 テレビを観ないで ラジオに切り換え 早よ寝て早起き ごはんは玄米 野球は阪神 新聞アカハタ 階級闘争 夢のまた夢 サラ金地獄の 現実あるのみ
キム・ジハの詩を読むと 悲しい 涙が流れる キム・ジハ 泣いて キム・ジハ 笑って キム・ジハ 黙って 一人?


  〈軍隊ポロネーズ〉  作曲 F.ショパン 作詞 斎藤晴彦

ワレサに ノーベル平和賞 ドッチラケの クレムリンでは 断々乎として 怒ったらしい そりゃそうだ 神経逆撫でされる思いだったろうよ かつては我が国の人 ギョロ目の栄作ちゃんが 嬉々としてもらったものを 今は ワレサがもらうという めぐり合わせだな いやはや 結局のところ どうでもいいのだけれども 全ては政治のかけひき ノーベル・ダイナマイト ドカーンと一発 ポーランド炸裂 連帯喜び ヤルゼルスちゃんカンカン やれやれ
ワレサって一体誰さ ワレサっていったら彼さ 冗談かまけて おちょくるレベルでしか この問題は 問題にも何にも なりゃせんのですな
何たる暴言 何たる無礼者 全く愚かな状況認識しか 持ち合わせてはいないのですね ホントに全く ああ 腹が立つ ああ 不愉快だ 一体あなたは 今のポーランドの現実を分かって 物を言ってるのかどうかが問題だ
何も分かってねえんでがす 見たわけではねえから そんなことよりも 今月の家賃を どうして払えばいいのかが大問題なんです ああ ひにちが迫ってる 大家さんが追っかけて来る 恐縮ですけど ホント 必ず返しますですから 五万ほど 貸してはいただけないでしょうか――
ドガガガガードガーン ミサイル発射!! ズガガガガーズガーン 原爆投下! ドガガガガガ ズガガガがが...... 遂に始まった 世界の戦争 核兵器 飛び交い 街が燃えて 無くなり 消え去り消え去り 逃げて 隠れて 放射能 浴びて ニューヨーク モスクワ 灰になり ロンドン ワルシャワ 溶けて流れ 東京 北京にパリに ベルリン ローマに テヘラン ソウルにピョンヤン ジャカルタ マニラに上海
ワレサに ノーベル平和賞 廃墟のワルシャワの街 錆つき焦げつく メタル一つ 土に埋もれて 今は誰もひろう人もいません 南極のペンギン 北極の白熊 バイタリティあるゴキブリ ゾロゾロ それからシラミに 南京虫 インキンタムシにキンカン お陽さまだけが 今日も東からのぼってきました ポーランド ソ連も消えて 日本もアメリカもない 回収不能の地球の平和 ノーベルさんは ダイナマイトを発明した人でした


  〈祖国との別れ〉  作曲 M.K.オギンスキ 作詞 斎藤晴彦

なぜ 私たち日本人は 自分の国を 祖国と呼ぶことになると 言うに言われぬ異和感を持つ 民族 民族という 言葉にも なぜか 染みついたにおい 大和民族 帝国日本人 八紘一宇 アジアの覇者 ジャパニーズ 戦争に敗れ 国家主義から 民族主義へと 生まれ変わる日
八月十五日 蝉なく暑い日 三十と九年前 果たして 何がどう この日本で 変わったといえるのか 国の仕組みは 同じじゃないか 私たちの手で 新しい国を造ったのだとは 誰も言えない 天皇は居すわる 自衛隊はウジャウジャ 経済侵略
誰もが分かってる この日本の 国としての構造は 立憲君主国 天皇の国 そんな国を 誰が祖国となんて呼ぶか いやいや 民族の誇り 世界の理想の憲法だ 平和憲法 第九条 これがある なんて どいつが胸をはり うたがいもなく 偽りの真実を 声を大にして 叫んでいる奴がいたら 会いたいもんだ
頑張れ日本 めざせ金メダル これ即ち 私たちジャパニーズの精神構造だ 何もこれは お上が 下々に ゴタク垂れたことばではない われわれの 昔から 心の中にひそむ本音 これで アジアの民を 数多 殺した
ある日 ある時 この日本が 共和国になったとしたら ララララララ そんな夢をみてたら ねずみにかじられた

(「水牛通信」1984年11月号より転載 この年の「カラワン歓迎コンサート」で高橋悠治のピアノ伴奏(?)で歌った。)