スエーデンの製本家、モニカ・ラングェ(Monica Langwe)さんのウェブサイトから『バチカン図書館のリンプ製本(Limp bindings from the Vatican Library)』を注文する。バチカン図書館とそのコンサベーション業務やリンプ製本の説明のあと、同館が所蔵する本の中から接着剤をほとんど使わずに綴じられた11冊が紹介されている。書影と概要、さらに綴じかたや構造を簡単なイラストで説明してある。この本自体は天地約235ミリ左右約170ミリ、機械糸綴じした5折りの本文の背をボンドで固めて製本テープを貼り、厚手の表紙カバー(両面印刷)をぐるりと巻くだけのシンプルなつくりだ。本文を丹念に読みそうにない日本からの注文者への心遣いか、構造の図解が始まるページに金色のマーカーがはさんであった。はい、そのとおり。そこをいちばんに見たかった。同じ著者にエストニアのタリン市立図書館のコレクションからまとめた『タリン文書館のリンプ製本』もある。いずれも東京製本倶楽部の会報誌No.69で岡本幸治さんが紹介していたものだ。
ここでいうリンプ製本とは麻糸や革を支持体としてかがった本文を羊皮紙などの柔らかい素材でくるむ中世以来の製本法のこと。よく開くし簡単にかがれて簡単に元に戻せる。あとでかがり直すのも容易だ。この本で紹介されているものの多くは16世紀に書かれており、繰り返しめくられてきたことを示すように長い時間の空気を含んで本文はふわふわだ。表紙は汚れていたりやぶけていたり。その修復の過程で、モニカさんは構造を知ることができたということだろう。構造やかがり方をあらわすイラストはそれぞれ特徴的なところだけを取り上げている。作り方の説明ではないから1、2、3......の順番も長さ重さの表記もない。かがり糸や支持体にした革や紐の始末はおおらかにみえる。ほんとうのところは知らないが素材の選び方もかがり方も思いついてやってみたというような愉快すら感じられる。またほとんどは、表紙を大きくして本をくるむようにしたり、小口側にリボンをつけて結ぶなどしてある。リボンで結ぶのはどうも「本のかたち」として好きではなかったが、こうして改めて見ていると、本文に刻んだ言葉が飛ばぬよう、逃げてゆかぬよう、盗られぬよう、その思いが、言葉を綴じ込むかたちとしての「本」を生んだように思えてきた。
バチカン図書館は所蔵する手書き文献約8万2千冊(約4千万ページ)のデジタル化を進めている。NTTデータがまず請け負って、デジタルアーカイブサービス「AMLAD」で作業の済んだものを10月から公開している。冊子のものは表紙や中面のみならず、背、小口、天、地の記録がある。破損したもの、たとえばはずれてしまった花布や破れた表紙の革、表紙の背が完全にはずれていればはずれたなりに、ことごとく美しく記録されているのがすばらしい。麻紐のけばだちや革のすれまで目の前にあらわれる。同館には、1929年に日本に渡ったイタリア出身の神父・マレガさんが集めた日本の史料もあるそうだ。その中のものかどうかはわからないが、長崎・口之津の信者42名による連判状(1613年)もあった。口之津歴史民俗資料館にはこの連判状が隠されていたマリア観音像といっしょに連判状のコピーが展示されている。もとは巻物であったろう。マーブル紙を貼った厚表紙に折り畳んではさまれ、天、地、小口をリボンで結んである。背幅はわずかだ。3つのリボンを解いて400年前の42人の筆文字にあう。3つのリボンを結び直して書庫におさめる。モニターの前でエアーりぼん結びを繰り返す2014年師走、東京、10℃、晴れ。