どんな5月だったかな、と振り返ってみたら、印象に残る2人組の仕事がいくつかあったと思い至った。
『洋子さんの本棚』(集英社/2015年1月)は、書店で見かけて気になっていた本だった。平松洋子と小川洋子。ともに岡山で生まれ、子どもの頃から本が好きで、18歳で上京し、現在はものを書く仕事をしている2人の「洋子さん」が、いかに読み、どんな本に背中を押されて来たのか、それぞれが自分の本棚から選んできた本を読み合い、語り合った本だ。平松洋子が1958年生まれ、小川洋子が1962年生まれ。彼女たちと同世代という事もあって、おもしろく読んだ。
「少女から大人になるまでには、いくつもの踊り場がある」という印象的な言葉がイントロダクションにあるが、そんな"おどりば"ごとに、本は5つの章に分かれている。それぞれの章には「少女時代の本棚」「少女から大人になる」「家を出る」「人生のあめ玉」「旅立ち、そして祝福」という題名が付けられている。成長の節目に出逢った本。なぜその本だったのか、そこに何を読んでいたのか、1冊の本を通して結局は自分自身のことを語ることになるのだけれど、2人の話は、本を勝手に離れて自分のことを語りだすのではなくて、より深く読んでいく会話を通して当時の自分を発見していくことになっている。そこが良いなと思った。2人の洋子さんが読み達者であるからこそ、人生を語ると同時に読書案内としても成立しているのだなと思った。
本の中で平松洋子は、『野蛮な読書』という書評の連載を書いた時を振り返って「書きながら思い出すことが無数にあったことは発見であり、驚きでした。自分では何でもないと思っていた、すでに埋もれていたような記憶の断片が、書くことで姿を現す。(中略)しかも、眠っていたものは、言葉の形をとっていたわけではない」と語っている。それを受けて小川洋子もエッセイを書くことをきっかけにして自分の中に眠っていた記憶が引き出された経験に触れながら「方法としては言葉で探していくけれど、記憶の中では言葉以前の、もっと曖昧な状態でひっそり眠っている。そんな感覚です。」と語り、平松がさらに「奥深くに眠っていた記憶に言葉を与えることで、自分という人間を認知していく。」と続けていて心に残る。
章の題名になっている「人生のあめ玉」というのは、折に触れては何度も思い出しながら自分を励ます、とっておきの想い出のことだ。2人の洋子さんにとって、それは子どもとの思い出なのだけれど、思い出すという行為を、平松洋子は「記憶のあめ玉のように、何百回とむいてなめます」と表現していておもしろい。子ども自身はとっくに忘れているであろう、日常の中のささやかなエピソード。事件でも何でもないのだけれど、子どもの、純粋な心から親にまっすぐ届いたひとつの言葉、それを2人は「記憶のあめ玉」だと言う。言葉にならない部分も含めて、当時の空気感まるごと閉じ込められている、まあるい想い出に触れるには、「なめる」という表現がぴったりだ。
成長の過程で読み、自分の栄養にしてきた本もまた、2人にとっては「あめ玉」だったのだろう。これまで言葉にしないで来たあめ玉に、会話することによって言葉を与え、形を与えていく。そんなところもこの本のおもしろさだったのだと思う。語られた本、つまりあめ玉がどれもおいしそうだという点もさすが「洋子さん」だ。
もうひとつの2人組は石田長生と三宅伸治。ギタリストでもあり、ボーカリストでもある2人は、時々「ヘモグロビンデュオ」というふざけたコンビ名でいっしょに演奏する。俺たちの音楽を聴くと"血行が良くなる"というオヤジギャグなテーマソングも収録されているライブミニアルバム「try」が5月17日に発売された。ライブ会場での手売りと通信販売のみなのだけれど、この2月から病気治療中の石田長生を励まそうと、三宅伸治がライブ音源を急遽CDにしたものだ。石やん(石田長生)の病気が分かる前に企画されていたヘモグロビンデュオのライブを三宅伸治はキャンセルせずに、ヘモグロビンソロに変更して、石やんにゆかりのあるゲストを加えて決行した。5月17日の下北沢440でのライブには、金子マリ、はせがわかおり、本夛マキ、Mac清水が集まって、とても温かなコンサートになった。
「try」には石田、三宅それぞれのオリジナル曲も収録されているが、ブルースやソウルのカバーが収録されていて、それが味わい深い。「ThatLucky Old Sun」、「Trying to live my life without you 」、「Change is gonna come 」。名曲ばかり。きっと2人とも若い頃から好きで何度も繰り返し聴いてきた曲なのだろう。そんな曲を自分たちの唄にできるくらい2人ともうまくなった、成熟したのだなと感じる演奏だ。曲のスピリットを受け継ぐ日本語詞が付けられていて、それも素敵だった。その曲を愛し、理解している石田長生と三宅伸治に翻訳されることで、アメリカのブルースが私の胸にも直接届く。2人の紡ぐギターの音色や石田が添えるコーラスがやわらかくて温かい。
そして、一番最近印象に残った2人組は真島昌利と真城めぐみ。クロマニヨンズのギタリストマーシーこと真島昌利、ヒックスビルのボーカル真城めぐみとギターの中森泰弘の3人のバンドが「ましまろ」だ。正確には3人組なのだけれど、曲をつくるマーシーと、ボーカルを務める真城めぐみの新しいコンビの新鮮さが印象的だったので、5月の私にとってはマーシーと真城めぐみの2人組の印象だ。それぞれ自分のバンドで活動しつつも、「ましまろ」というバンドによって何か新しい試みを始めている感じがする。「ガランとしてる」という4曲入りのミニアルバムが発売された。丸い木のスツールにポツンと置かれている古いラジオのジャケット。「ガランとしてる」というのは1曲目のタイトルでもあるけれど、ある気分を表していて、とてもおしゃれだ。真島と真城が共有しているある気分なのだろう。2人のつくり出す音楽は少年少女のようにピュアで、どこか懐かしい静けさだ。このミニアルバムにも「ハートビート」のカバーが収録されていて、これも実に良い。
2人組の仕事というのは、きっと「これ良いでしょう?」という提案からは始まるのだろう。「うん、いいね」という場合も「それ! 知らなかったけどイイね」という場合もあるのだろう。そして2人で新しい「イイね」をつくり出すことができれば、もっと幸せだ。