サッカーの好きなマージッド君

昨年、イスラム国が攻めてきた。ヤジッド教徒たちが、虐殺されている。クルド自治区に逃げてきた避難民も沢山おり、その中にはがんの子供たちもいる。

マージッド君もその一人で病院に入院していた。左腕が骨肉腫で切断したという。彼らは、アルビル市内の空き地でテントを張って生活しているという。抗がん剤を打ちに病院に通っている。がんの子供がテント生活をするのは厳しい。清潔にしていないと、感染症になる。

今回、TVも取材したいというので、家を訪ねた。周りには、避難してきたキリスト教徒たちのキャラバンが立ち並ぶ。ヤジッド教徒の避難所はドホークのほうに作られていて、ここからは、3時間以上もかかる。避難してきた家族が見つけたのが、空き地だった。

TVのクルーはエジプトからやってきた。でっかいカメラを前に、マージッド君はひどく緊張している。エジプト人の通訳がいろいろと注文を付けるので、マージッド君は、ますます緊張して、鎌田先生が、「イスラム国をどう思う? 故郷に戻りたい?」
と聞くと泣き出してしまった。そして、お父さんのところに行こうとするが、お父さんは、だめだ、ちゃんと答えなさい というように、押し戻したのだ。まるで、格闘技のリングに戻されるようだった。なんだか、とてもかわいそうで、僕は、ここでタオルを投げ入れるべきだと思ったが、サッカーの話になり少しリラックスしてきた。

「僕は、サッカーをしたい。」
どの選手が好き? 「メッシが好き!」
ああ、メッシを連れてきたら、喜ぶだろうな。しかし、それは不可能だ。
イラクの選手はどうなんだい。ユーニス・マフムード!「ユーニスは、大好きだよ。」
彼なら、今、アルビルのクラブチームにいるという。
わかった。ユーニスにあわせてあげる! ああ、約束してしまった!
外は、雷が鳴り、大雨が降ってきた。テントにあたる雨音が激しい。
僕は、エジプト人の通訳に、
「マージッド君を泣かしちゃったんだから、責任をとってよ」と迫った。

彼も、前の日に、上司から、いろいろ言われたみたいで、がんばりすぎちゃったところもあるのかもしれなかった。
そのあと、マージッド君が持っているぼろぼろのサッカーボールで、遊んであげていた。結構サッカーがうまいので、マージッド君も少しうれしかったみたいだ。こいつがメッシだったらなあ! もっと喜ぶんだけどなあ。もちろん、ユーニスでも。

数日後、アルビルのクラブチームのあるスタジアムに行く。イラクは、FIFAから国際試合を禁止されている。理由は治安だ。イラクの選手も何人かはテロで犠牲になっている。しかし、2013年には、治安が良くなったとして、国際試合が解禁された。しかし、ワールドカップ予選のイラク―日本戦は、まだ日本の選手を送るのには、問題があるというので、カタールでの試合になった。これにはイラクを応援している僕としては文句を言いたくなった。実際、カタールはイラク人に厳しくビザを出さないから応援団は日本のほうが圧倒的に多かったのだ。

アルビルのスタジアムのピッチに入ってみる。なんと、ゴールのところに羊のふんが転がっている。羊が勝手に入ってきて芝を食ってしまったのだろうか。夏はフレッシュな草がない国。結構遊牧民が、街中まで羊を連れてそこらへんの草を食わせる光景を今までも見たことがあるが、これでは、ゴールキーパーいやだろうな。と納得した。

今回もピッチに入ってみると、なんと、クローバーの花が芝に紛れて咲いている! のどかないい感じ。サッカー選手が、四葉のクローバーを探しているうちにゴール! なんてこともあるのかな。

さっそくユーニスの交渉。オーナーも「それはいい考え!」と言ってくれたものの、ユーニスは、海外での大きな試合しか出ないから、あまり、イラクにはいないらしい。え? エースストライカーなのに?
「そう、ここの選手は最近財政難で、給料をほとんどもらっていないんだ。ユーニスは、まったくノーギャラでチームに貢献しているので、いつ試合に出るかとかは、彼次第なんだよ。」
へーそうなんですね。ただ、日本のサッカーだって、今はJリーグで、億の金を稼ぐ選手もいるが、ついこないだまでは、そうでもなかった。松本の山鹿というチームはJ1で活躍しているけども、2007年ごろは、JIM-NETのチョコ詰めのアルバイトに選手派遣をお願いしていたこともある。サッカー選手の苦労話は万国共通かもしれない。

「彼が、スタジアムに来たら連絡するよ。」
ということで、電話を待っているうちに一か月が経ってしまった。FIFAの汚職の話もあるが、ともかく、サッカーは、宗派や民族を超えて、イラクが一つにまとまれるチャンス。ユーニスががんばった2007年のアジアカップでは、イラクが優勝し、一気にイラクの治安も安定に向かったのだ。

6月11日、日本でイラクとの親善試合が組まれた。試合の前にユーニスにインタビューしたいし、マージッド君を喜ばせてあげたいものだ。