小湊さんと渡辺先生と犬井さんと僕を乗せた路線バスは、湘南の海が見渡せる駐車場に停まっている。江ノ島が右手にあることが、道路の街灯でぼんやりとわかる。目の前に広がっている海は、夜の暗い空間の中で、ただうねっていて深さばかりで広さがわからない。
僕たちはバスを降りて、薄暗い中を歩く。防波堤の上を注意深く歩く。僕たちのゆっくりとした歩幅に合わすかのように、少しずつ少しずつ真っ暗だった夜が、朝へと歩いていく。黒く深かった海が、青黒く広がりを持つ海へと変化していく。
小湊さんが防波堤の上に腰を下ろす。それを合図にするかのように、渡辺先生も犬井さんも、そして僕も腰を下ろした。まだ春までは時間がある。そう思うと、今こそ修学旅行にふさわしい季節のように思えてくるのだった。みんながどんな気持ちでいまこの防波堤の上に座っているのかはわからない。だけど、きっと真面目な人たちばかりが集まって、時間通りにバスを車庫に返す計画に抜かりはないだろう。時計なんて見なくても、まだ時間はある。
「ねえ、先生」
小湊さんが渡辺先生に声をかける。先生は海を眺めたまま、なんだ、と返事をする。
「もっと感動するかと思ってた」
先生は海を眺めたまま笑う。
「こんなもんかあって、正直思った」
小湊さんが言うと、犬井さんがこらえきれなかったように笑う。つられて渡辺先生も僕も笑い出す。
僕は一人、防波堤を降りて、砂浜から渡辺先生と小湊さんと犬井さんを見上げる。小湊さんと犬井さんの間に、さっきまで僕が座っていた空間がぽっかり空いているけれど、そこには確かに僕が座っている。
まだ、日の出までに時間があるので、辺りは暗い。
そんな曖昧な輪郭の中で、防波堤に座る渡辺先生と小湊さんと犬井さんを見ていると、まるで修学旅行のスナップ写真が一枚、夜と朝の間に置かれているようだ、と僕には思えるのだった。(了)