よりによって月曜日の朝だ。
玄関のドアを開けたら馬鹿がいた。馬鹿がじっとこっちを見ていて、ドアを開け放った瞬間に目と目が合った。
ドアが開いて、何事かと思いながら状況を察知して、人がいるのか、どんな奴だ、と探り探り目が合ったわけではない。ドアを開けた瞬間に目と目が合ったのだ。ドアを開ける遙か前から馬鹿がこちらの目を見つめていた。そんな確信があった。そして、その確信が畏れへと繋がる。
馬鹿は未だじっとこちらを見つめている。少しよだれを流して、意味不明な言葉を発しているのだが、その馬鹿は日本人だった。もしくは、日本語を話す地域で生まれ育った馬鹿だった。馬鹿の口から流れ出る声は日本語だった。日本語としての意味はわからないのだが、日本語の文法を入れ替え、日本語の単語をばらばらに置いて、いくつかの音を足して引いたあげく意味不明になっていることだけがわかる。
この馬鹿は恐ろしい。馬鹿だということが恐ろしいのではない。さっきの話だ。この馬鹿が玄関のドアを開ける遙か前から、こちらの位置をしっかりと把握し、正確に目を見つめていたのはなぜなのだろう。こちらが知らない間に、こちらの目の位置をちゃんと知っていて、そこを見つめることができたのはなぜなのだろう。
馬鹿だからこその能力なのか、それとも誰かに操られているのか。どちらにしても、空恐ろしい。
けれども、もっと恐ろしいのは、相手が馬鹿ゆえに、聞いたところで答えられないということだ。