アジアのごはん(75)ラオス肉食旅日記

ラオスのサイニャブリという町にやって来た。たまたま象フェスティバルの日だったので、メインストリートのゲストハウスは満員。でも、少しはずれた場所にあるホテルに何とか部屋を見つけることができた。ところが、ホテルの周囲に食べ物屋の看板が見当たらない。困ったな、ちょっと歩いて市場周辺まで行くしかないか、としばらく歩いているとラオスのビール、ビアラオの看板が見えた。

よろこんで店に入ると、どのテーブルも中央に穴が開いている。先客の様子を伺うと、皆なタイで「ムーガタ」と呼ぶ焼き肉鍋をつついている。あ〜、ムーガタの店かあ。焼き肉はわたしも連れもふつうは食べないのだが、どうしよう。食べられないわけじゃないが、肉食ではない二人なのだ。

ムーガタはちょっと不思議な形をした焼き肉の鍋で、平らな鉄板でなく、丸くて、ドーム状に盛り上がったアルミの鍋である。ドーム状の部分を下から炭火で熱して、肉をのせて焼く。そしてドームの根元というか周囲が溝になっていてそこにスープをいれて野菜を煮て食べるのである。肉を焼くときに出た肉汁はドームから溝に流れ込むので、スープはどんどん旨くなる。焼き肉だけど、鍋でもある。

昔、タイでムーガタが出現した時には、韓国式鍋と呼んでいたが本当に韓国にこんな鍋があるのか? いや、ありません。ムーガタがタイに出現したのは、25年ぐらい前、ちょうど、ヒバリがタイ東北部のコンケーンに住んでいた頃で、発祥地はコンケーンの南のコラートのようだ。日本に出稼ぎに行っていたタイ人が韓国風焼き肉と日本の鍋をミックスさせて考え出したと言われている。コンケーンにもさっそく店が出来て、友達のブンミーと食べに行った。いまやタイ全国で大人気のムーガタであるが、ラオスにも店が出来ていたとは。

焼き肉以外のメニューもありそうなので、とりあえず席に着く。隣のテーブルに、店の女の子が大きい炭の入ったバスケットを運んできた。真っ赤に燃〜える炭! タイのムーガタより迫力満点、炭火焼肉、といった趣である。半分は鍋でもあることだし、久しぶりにムーガタを食べてみることにした。肉の種類は、豚、鶏、牛肉、内臓ミックス。豚肉を選んで、ラオスのうまいビール、ビアラオを飲みつつしばし待つ。

皿に並べられた薄切りの豚肉、トレイに盛られたキャベツ、白菜、空芯菜、バジル、ネギ、クレソン、きのこ、春雨、卵、そしてインスタントラーメン! それからタイスキのたれに似た赤いたれ。にんにくと生トウガラシの刻んだの、マナオ(柑橘)の入った薬味セット。やかんに入ったスープ。これらがテーブルに並べられてから、炭火のバスケットが運ばれてきて、テーブルの穴にセットされ、その上に鍋をのせる。

鍋のドームの頂上に豚の脂身をちょんと載せて、鍋が熱くなるのを待つ。乾燥しているラオスの道をバスに揺られてきたので、ビアラオがいくらでも飲めてしまう。シンプルでうまいビール。さあ、肉をのせて、と。焼けるのを待つ間に溝のスープに野菜を入れていく。隣のラオス人は、最初からインスタントラーメンの袋を破り、スープの素まで溶かし込んで、乾燥めんを割って入れている。いやいや、うちは鍋奉行のヒバリさんがそんなん許しまへんわ。味の素てんこ盛りのインスタントラーメンスープの素なんか入れたらせっかくの肉汁入りのスープが台無しやんか。

薄い肉なので、すぐに焼ける。あ、やっぱりおいしいわ、これは。肉はあんまり〜、とつぶやいていた連れは立て続けに肉を鍋からはがしている。野菜も食べなさいよっ。やっぱり炭火のせいか、いや肉がうまいです、これは。野菜も沢山食べられるし、大満足。最後にインスタントラーメンの麺を入れてみたが、麺にもケミカルな味付けが付いていたので、これはやはりまずかった。

サイニャブリの外食事情はなかなか大変だ。象フェスが終わって、客がほとんどいなくなった市場の横のサンティパープというゲストハウスに引っ越したが、町の住民はほとんど外食をしないようで、昼はまだしも、夜になると営業している食堂・レストランというものがほとんどないのである。宿の斜め向かいに昼だけ出るおかず屋さんで、おかずともち米、串に挟んで焼いたスペアリブなどを買って宿の庭のテーブルで食べたりした。ふだんなら、けっして買おうと思わない脂身満載のスペアリブの串焼きであるが、めちゃめちゃおいしそうだったし、事実めちゃめちゃ旨かった。さすがに食べ残した脂身の塊は、少しかじったあと放ってやったら、それまで警戒心むき出しで近寄ると脱兎のごとく逃げていた茶虎猫が目をらんらんと光らせて飛んできた。

サイニャブリはメコン川からは少し距離があり、まわりは山また山である。市場では川魚も牛肉も、なぜか巨大なタコまでも売っていたが、とにかく豚肉の旨い町なのであった。あんまり豚肉のムーガタが気に入ったので、ムーガタの鍋をお土産に買って帰ろうかとちょっと本気で考えたほどである。

のんびり過ごしたサイニャブリを去り、タイの国境の町ケンタウまで戻って来たが、名残惜しいのでラオス側でもう一泊することにした。町でただ一軒、夜営業している食堂もムーガタの店だ。最後にあのおいしい豚肉をもう一度食べようと思ってムーガタを頼んでみる。しかし、国境の町の豚肉はごくふつうの味だった。炭火マジックも効かない。一皿が食べきれない。
国境からタイへ戻る乗り合いトラックバスに乗っていると、タイからピンクの豚を載せて走ってくるトラックとすれ違った。ああ、ラオスの国境の町の豚はタイから来ていたのだな。タイのバンコクに戻ってくると、ヒバリの肉食ブームは一気に終わりを告げた。バンコクで食べる肉は、あまり味がしないし、少ししか食べられない。豚の飼育方法やえさの問題だろう。タイの豚肉はもう、CPなどのアグリカルチャー企業に管理されて飼育されている大量生産に近い工業的な肉がほとんどだ。バンコクの不夜城のような街の光の下では、サイニャブリの郊外で走り回っていた黒い豚たちのおかげで短い肉食生活を楽しめたのが夢のようである。豚肉で満たされた後、暗い夜道をとことこ帰るサイニャブリの夜よ、またいつか。