緋寒桜のひよどり

窓のむこうの緋寒桜が
鮮やかなコートをはおって
枝を広げる三月
見れば その奥でさわさわと
空へ飛び立とうとするユキヤナギ
曇天に鳥の声がくぐもり
それを 不整脈が追いかける
毛羽立つ五度目の春に
血液ポンプも悲鳴をあげて
汚染水を処理しかねているのだろうか

昨日みた夢に
めったに音沙汰のない兄が出てきた
二年前の雪解けに逝った
母もぼんやり姿をあらわし
記憶の底に縮む父の影も動き出して
わたしが生まれる半世紀前から
先住人を見えない存在にして
開拓された村の地をはう視線と
掘り尽くされて
すでに閉山した炭鉱の荒くれと
兄と妹がこの世に生まれ出ずる
きっかけとなった大正生まれの親たちの
敗戦後の心の散らかりと
そんなもろもろを牽引した北の歴史
などと手持ちの札をあれこれ整え
脈絡を立てるために
奮闘努力の日がくれる

悲嘆も歓喜も抗いも
思い切りぶちまける斬新な文化の
批判とひたむきさが
破綻した物語の穴かがりは
思いのほか手間どり
耳にした記憶の断片に爪を立て
植民史のかさぶたを剥ぐ作業となって
およそ死者たちをハグするところへ
たどりつけない

それでも
ひよどりがやってきて
今日も緋寒桜の枝を揺する
風が揺するのではなく
鳥が揺する枝を目にすると
なぜか心がやすらぐのだ
鳥啼き魚の目に涙があふれるなんて
思いもよらない北の外地をうろつく心は
寒風が残雪の肌をなでる
薄汚れた白と黒と暗褐色の異界のさなかで
巣を守るシマフクロウの影と
二年前に逝った母の姿が重なり
目の前を行き交う
メトロポリスの春にたどりつけない

それでも
やよい三月の空に
ひよどりが訪れて
悲観桜の枝を揺すると

 またやってきたからといって
 春を恨んだりはしない
 例年のように自分の義務を
 果たしているからといって
 春を責めたりはしない
  
というシンボルスカの「眺めとの別れ」
も思い出され
ひよどりが揺する
大きな枝のその揺れが
この胸のざわめきを解毒して
ひよどりが啼く
今日も ひよどりが啼く