一人旅

笠井瑞丈

高校を卒業
就職もせず
進学もせず

分からぬまま時間が過ぎていく中

そんな中フッと頭の中をよぎった
自分が育ったドイツに一人旅しよう

そんな計画を自分の中でたてた

時給が良かったと言う理由で
パチンコ屋さんの店員をやった
当時800円とかの時給が多い中
1200円の時給をもらえた

仕事はなかなかキツかったが
50万貯めたら辞めようと決め
我慢して週5日から6日
朝から晩まで働いた

意外と早く目標の50万は貯まり

サッとバイトを辞め
パッと航空券を購入

旅立ちの日

当時付き合ってたいた彼女が
成田空港まで見送りに来てくれた

一人旅は二ヶ月

当時は携帯電話もなく
メールなんてものもない時代だ
二ヶ月の別れというものが
永遠の別れのように感じた

涙を流す彼女を背中に
秋のドイツに旅立った

旅をしながら本を読もうと
一冊の本を持っていった
それまで母によく
本を読めと言われていたが
全く本を読む習慣が無かった
これは大きな決意であった

飛行機の中で
涙を流してくれた
彼女の事を考え
本のページを開く

そしてドイツに着く

懐かしの公園や
市電に乗りながら
カフェのベンチや
教会の中

寝る前に

少しづつ
少しづつ

毎日ページを進めていく

小さい時に過ごしたドイツの記憶を辿る旅と
小説の物語が並行して時間を共有していた

今も思い出す

街の匂い
空の匂い
雨の匂い

変わる事のない景色

そしてあの時読んだ
小説の中の景色も
今も変わらない

そんな二つの世界を旅していた

そして二ヶ月が経ち帰国した
見送りに来てくれた彼女とは
もう会うことが出来なくなっていた

今とは遥かに時間の感覚が違い
二ヶ月は短いようで長い

全ての人に時間は平等だ
そしてページは捲られる

新しい物語は生まれ
新しい景色に変わる

二ヶ月
沢山の事を経験し
沢山の事を学んだ

その代償として失ってしまったものもあるけど

しかしこの時出会った小説が
自分の道を作る小説となった

三島由紀夫
『春の雪』

1998年行なった
処女ダンスリサイタルのタイトルを
『春の雪』
とした

あれから時間が過ぎ
日々色々なことが
変化していくなか

記憶の中の時間は変わることなく
いつも鮮明にカラダに浸色している

その色彩と共に
人は成長し年老いていくのだろう

カラダの痛みもいつかは一つの色彩変わる
そして自分だけのカラダの色彩を纏う

あの時
あの旅を
しなかったら

もしかしたら……………….。