楽譜を書く

高橋悠治

コンピュータで楽譜を書くことが当然のように思っていたが、使っていたソフトが急になくなると、今まで作っていた楽譜もどうなるのか。

今まで使っていた Finale の開発中止のニュースで、日本では今年中はなんとかなるらしいから、今までに作った楽譜を何か違うソフトで書き換えるのと、新しいソフトを見つけて習い覚えるのを同時にやらなければならないらしい。

今まで書いた楽譜は、Finale から PDF に変えて保存したり、印刷していたが、PDF について読んでみると、これ自体も短期間の保存しかできないものらしい。何種類かのサブカテゴリーがあり、払った額によって保存期間が違うようだ。そうなると、昔の手書きから紙に印刷した楽譜(絵、文章)の方が、保存され、書き継がれ、たとえ書き換えられたとしても、痕跡は残る、ということになるのか。

ディジタル・メディアが現れた時から、最初に点・位置・個があり、二つ以上の点を繋いで線ができるという考え方が、世界を感じる感覚も変えてきた。まず動きがあり、それを線で表す、その場合も、さまざまな曲線があり、それを直線の集まりに変えるのは便宜上の抽象化に過ぎないことを、つい忘れてしまう。

ピアノの演奏スタイルが10年か20年で変わるのはわかっていたし、演奏記録も SP から LP、テープから CDに変わり、ディジタル録音からまたアナログが見直されてもいるらしいが、生の音の聞き方も、変化しているのは、技術に影響された面もあるかもしれない。

どちらにしても、変化する範囲は、変化しない部分も含んでいるのだろう。変化しない、ということは、変化の一部に過ぎないかもしれない。

と言って見たところで、時は過ぎ、知らない現実や現在の動きに対応しないわけにはいかない。