おれはプチプチが欲しかった。
プチプチ。
これで通じますかね。どう考えても俗称だよね。
おれは段ボール箱に品物を入れて宅配便で発送しようとしていた。あいにく大きな段ボール箱が自宅になかったので、宅配便の営業所まで出掛け、無事に購入できた。だが、送りたかった品物はいわゆる「ワレモノ」だったので、箱の隙間に入れる「アレ」が必要だった。
そうです、「アレ」とはプチプチのことです。あのプチプチも必ず宅配便の営業所で買えると思っていたのだが、プチプチは正式には何という名前なのだろう、とおれは営業所の受付で逡巡してしまった。気が付くと口をついて出てきた単語はやはり、
「プチプチ」
だった。オノマトペと言えば聞こえはいいが、六十四歳のジジイが言う言葉としては間抜け以外の何物でもない。
「プチプチ、ありますか? あの、隙間に詰めるプチプチ」
受付の女性は言った。
「緩衝材、置いていないんですよ」
そうか、緩衝材か。言われてみれば確かにそうだ。目から鱗だ。立派な一般名詞ではないか。断じてプチプチではない。不明を恥じた。我が語彙力の欠如を嘆いた。でも通じた。通じりゃいいんだよ。よかったよ。
「そうですか。どこへ行けば売っていますかね」
「ホーム・センターなら確実ですね」
しかし最寄りのホーム・センターは歩いて行くのには遠すぎる。おれは質問を変えた。
「ドン・キホーテで売っていますかね?」
「ああ、売っていると思いますよ」
よかった。ドン・キホーテなら宅配便の営業所からすぐのところにある。おれは早速ドン・キホーテへと足を運んだが、緩衝材の売り場が見あたらない。店員の女性に訊いた。
「緩衝材はどこにありますか?」
「カンショーザイ?」
通じない。おれは質問を変えた。
「プチプチはどこにありますか」
「ああ、プチプチですね。こちらになります」
親切な店員はそう言って、おれをプチプチ売り場まで案内してくれた。何のことはない、一般名詞の「緩衝材」より、俗称の「プチプチ」のほうが人口に膾炙しているではないか。
のちに調べたところ、「プチプチ」の名前は正式には「ポリエチレン気泡緩衝材」と言うらしい。しかしですね、売り場で
「ポリエチレン気泡緩衝材はどこに置いてありますか」
と訊く客がどのくらい存在するのだろうか。やっぱりプチプチだよなぁ。
昔はあのポリエチレンに包まれた気泡をひとつひとつ、丹念につぶしていましたよね。つぶすたびにプチプチとしか形容できない音がしましたよね。つぶしていくのに飽きると、雑巾を絞るようにねじりましたよね。するとプチプチではなく「ブチブチブチブチブチッ」と派手な音がしましたよね。あの一連の行為の何が楽しかったのだろうといまでは思うが、それはともかく、あれは「ポリエチレン気泡緩衝材」ではなく、断乎として、恥じることなく「プチプチ」と呼びたいとおれは思う。
そうだ、こうなったら、プチプチに見倣って、あらゆるものをオノマトペにしてしまおう。
「すみません、ネバネバ売り場はどこですか」
と、店員に訊くと、納豆のコーナーに案内してくれるかもしれない。そこでおれは言う。
「違う違う。ネバネバはこれじゃない」
おれが欲しかったのは、めかぶだ。
「プルプルをください」
ゼリーを持ってきてくれたが、残念、おれが食べたかったのはわらび餅だ。
「ホクホクはどこに置いてありますか」
店員はジャガイモ売り場へと案内してくれる。惜しい。おれはサツマイモが欲しかった。
「カリカリが欲しいんですけど」
かりんとうを出してくれたが、おれの目当ては芋けんぴだった。
「スパスパをください」
「どれになさいます?」
ずらりと並んだ煙草の棚を指さして、店員は言った。そうなるよな。
「ぞろぞろをください」
とお願いすると、草鞋を出してくれた。店員は落語好きのようだ。
「じゃあ、つるつるはありますか」
そう訊くと、着ているものを脱いで縄を拵えてくれたが、落語はもういい。おれが欲しいのは蕎麦だよ。ついでにもうひとつ。
「だくだくはありますか」
「だくだくと血が出たつもり」
しつこいな。落語はもういいと言っているのに。欲しいのは牛丼のつゆだくだよ。
ううむ、こうやって考えていくと、やはりプチプチという俗称は最強なのだということがよくわかる。ほかのものは通じるようで通じないもんね。ワンワン、ニャンニャンと肩を並べるレベルだよ。すごいな、プチプチ。
だが、さらに調べると「プチプチ」という名称は、川上産業株式会社の登録商標だというから驚くではないか。俗称などではなかったのだ。ああ、知らなんだ。ちなみにプチプチは川上産業が日本独自で初めて製造・販売を始め、いまでは同業界の六十%のシェアを維持しているという。すごいな、川上産業。会社の名前も知らなかったけど。
ということは、そう、「プチプチ」は「セロテープ」「バンドエイド」「サランラップ」「エレクトーン」と同じ仲間なのだ。これからは口の利き方に気を付けよう。だって、川上産業以外のポリエチレン気泡緩衝材に対しては「プチプチ」と呼称してはいけないのだからね。まあ、「いけない」とはいえ、罰せられたり、第三者委員会が立ち上げられたり、コンプライアンス懲罰委員会に呼び出されたり、家宅捜査を受けたり、謝罪会見に追い込まれたりするわけではないのだが、社会人としてそこんとこはちゃんとしなければならないと、おれは思うわけですよ。
したがって、ワレモノなどを梱包するとき、気軽に、
「あ、そこのプチプチ取って」
などと言ってはいけない。ちゃんとメーカーを調べて、川上産業以外のものだったら、
「あ、そこのポリエチレン気泡緩衝材を取って」
と、言いましょうね。めんどくさいけど。
最後にクイズだ。次のなかから商標登録されていないものを選べ。
・ウォシュレット
・シーチキン
・美少女
・テトラポッド
・体育会系
・ボランティア
・万歩計
・リストラ
正解者の中から厳正な抽選によって、重量1トンのテトラポッドを1個、プチプチにくるんで発送させていただきます。当選者は商品の発送をもって代えさせていただきます。商品の発送料は当選者負担となります。