僕は放課後、小林先生のところへ行って、あんたのことを聞いてみたけど、小林先生も詳しいことは知らんと言うてた。ホンマに知らんのか、知らんふりをしているのか、それはわからんかったけど、なんとなくホンマに知らん気がした。小林先生がなんや困ったような怒ったような、それでいて寂しそうな顔をしてたからや。
あんたとは、いつも一緒というわけではなかったし、毎日話すという感じでもなかったけど、僕はあんたのことを友だちやと思ってたから、急におらんようになったあんたのことを、小林先生と同じように、困ったような、怒ったような、寂しいような気持ちで思ってたんや。
それが高校三年の秋。そのまま僕らは疎遠になった。そんなあんたから連絡をもらったのは、高校を卒業して十年後、いまから三年前のことやった。僕らは二十八歳になってて、もうすぐ三十になる手前やった。僕はまだ一人もんやったけど、あんたはもうあの時、美幸さんと結婚してて、もう純平君も生まれてた。
会社で仕事をしてたら、代表番号から電話が回ってきた。名前を聞いても思い出せなくて、「どちら様ですか」と問いかけると、あんたは電話の向こうで「以前、お会いしたことがあるんです」なんて言うから、僕はほんまに気持ち悪くなって「ホンマに、どっかでお会いしたんですか」と聞くと、あんたは大笑いしながら、「お会いしました、三年A組の教室で」と答えたなあ。その一瞬で、あんたの顔を思い出したんや。
僕らはその晩、仕事帰りに高校三年以来、十年ぶりに再会したんや。
再会してみて最初に感じたのは、懐かしさよりも「どこか別人みたいやなあ」ということやった。高校時代、あんたはひょろっとしてて、目が鋭くて、まっすぐな声を出す人間やったけど、あの時のあんたは、声に丸みがあって、よう喋って、よう笑って、なんや穏やかやった。そらまあ、十年もたてば人は変わることもある。そんなことはわかってるんやけどなんや気色悪うてなあ。そやけど、あんたが注文したホットコーヒーをひと口飲んで、「なんや、薄いなあ。味せえへん」と呟いたときは、なんや、ちょっとだけ昔の顔がのぞいた気がした。
あの時、文化祭の話も出たなあ。
「あんな脚本、よう通ったなあ」
あんたはそう言うて笑ってた。そやけど、笑ったあと、急に真顔になって、
「ほんまはあの時は、死ぬほどしんどかった」
あんた、そう言うたな。僕が「どういうこと?」と聞くと、あんたは「ぜんぶや」とだけ言うて、それ以上は何も話さんかった。そのとき僕は、ああ、この人はやっぱり、変わったようで変わってへんのかもしれんと思てたんや。(つづく)