図書館の普段あまり覗かないコーナー、編集や出版の棚で三宅玲子著『本屋のない人生なんて』(2024年/光文社)という1冊に出会った。小池アミイゴのかわいらしいイラストが背表紙の部分もぐるりと包んでいて、そのコーナーの固い雰囲気のなかにあって目を引いたのだった。
ノンフィクションライターの三宅玲子が2019年秋から2022年春にかけて、独立系の本屋を取材してオンラインニュースメディア「ニッポンドットコム」に連載したものを全面的に改稿してまとめた1冊だ。あとがきによると、「手元に置いておきたい本」を目指す光文社ノンフィクション編集部樋口健編集長の企画により書籍化されたとのことだ。こうして1冊の本になることで三宅玲子の仕事に出会うことができた、感謝である。
連載はコロナ禍の時期に重なった。「人と会うと命を落とすかもしれないという世界規模の災害にあったこの時期に、書店を取材できたことは幸せだった。これまでに経験のない孤独に追い込まれたとき、人は本と本のある場所を求める。それを間近に見ることになったのがコロナ禍だった」と三宅は書く。
北海道の留萌ブックセンターから熊本の橙書店まで、11の個性ある書店が紹介される。他県から足を運ぶファンもいる選書に特徴のある書店、読書会をずっと続けている書店、小さな子どもから老人まであらゆる世代に親しまれる書店、状況に合わせて店のありように変化をつけ工夫しながら本を手渡してきたそれぞれの書店の物語が並ぶ。「どの街にもその土地の風土と人からしか生まれ得ない本屋という場所がある。それは代わりのきかない場所なのだ」と三宅は書く。そして、本屋が代わりのきかない、本を買うだけにとどまらない特別な場所であることを、紹介される書店の店主はみんな分かっている。暮らしの身近な場所に、そういう特別な場所、本屋を存在し続けさせるための奮闘の物語としてこの本を読むこともできる。「うちみたいなやり方はおすすめできないかなあ。やっぱり経営は大変だから」と橙書店の田尻久子は語る。そして「それでも結局、こんな儲からない仕事をしているいちばんの理由は、やりたくないことはやりたくないからなんですよ」と続けるのだ。
この本の最後の章で、三宅にとっての代わりのきかない場所、橙書店が紹介される。この本は、ライターとして本に関わる三宅玲子自身の物語でもあるのだ。そう分かってくるところから、この本の魅力が、がぜん増してくる。取材を通して、本とは何か、本屋とは何か、三宅自身も自分の経験を思い返し、深く考えることになる。本屋の経営を難しくしている要因として、出版業界の構造的な問題があるが、その問題を掘り下げ、分析することに力点を置くことはしなかったと三宅は語る。「この本に登場する書店主たちの本を商う姿には、業界や職種を問わない、働く本質がある。そう取材のある時期に気づいた。そして、筆者に役割があるとすれば、ひとつひとつの書店の日常や、書店主の本を手渡したいという思いを忠実に書いていくことなのではないかと思い至った」からだ。
本屋の経営を難しくさせている出版業界の構造的な課題はある、しかし、それが根本解決するまで本屋をやらないというわけにはいかない。本屋なんて今の世の中採算が合わないからやめた方が良いと言われようが、手を動かして、難問をひとつひとつ乗り越えて、今日も店を開ける店主の姿には、働くことの本質がある。コスパとかタイパとか言われる閉塞的な時代の中で、その姿はひとつの希望だ。そんな店主たちを支え、その生きる姿勢をつくったものが、まさに「本」であり、そういう本との出会いをもたらした「本屋」という存在ではなかったかと三宅は思い至る。
「理不尽な人生を自分の思うように生きようとするとき、本は力になる。ただし特効薬ではない。読み続け、考え続けていった時間の経過が、その人の人生を支えている。そのことが、あるときわかるのではないかと思う。」橙書店の田尻久子の自立した生き方をつくっているものは何だろうと考えて三宅玲子はこう書く。そして、この本を執筆するうえでも「本」という先人、仲間の存在が支えになったと語るのだ。
「事実を明らかにしずらい取材では、最後は書き手が責任をとって見たものを検証して書かなくてはならない。自分を追い込み、たったひとりだと思わされるとき、それでも突き進むための背骨を支えてくれる、そして、具体的な知恵や手法が頼みになる、それが本だ。長い年月を通して読まれてきた本や、長い時間をかけて書かれ、編まれた本には、肚の力をつけるためのヒントが折り重なるように詰め込まれている。そしてなにより、先人や仲間がいるという安らぎを感じさせてくれる。」と。
彼女が紹介してきた書店は、小さな声の人々の本を取り揃えて待っている。そしてそんな本屋には「民主主義の手触りが確かにあった」、「ひとりである自分を肯定し力づけてくれる、それが書店という場所だと思う。」と最後に三宅は書く。実際に現場に出向いて取材した生身の人間を通過した、AIには書けない文章、アマゾンでの購入では得られない本との出会い、その豊かさと貴重さを思い出させてくれる本でもある。