火まつり

北村周一

あさなあさな蛇口ひねるとよき水の
流れながれて朝が始まる
とうとうと上下の水のながれゆく
ながれ見ておりわれをわすれて
ここもまた世界の一部とおもうまで
蛇口のみずにわれを潤す
魔法ビンの湯ほどよく冷めて眠剤は
のみどのおくに蕩けゆくべし

死火山にはあらざる富士のすそ野べに
盛れる夏の火まつりはみゆ
火のあらぬところにも煙り立つらんと
奇祭見ており富士の吉田に
念願の『サファリ』のバスは走り出し
肉の塊もたされている
エサの肉貢がんために乗り合わす
バスの中にはわが家族のみ
百獣の王のなで肩それよりも
ヒグマ怖ろしバス喰わんとするも
冨嶽三十六景中の江尻にて
かぜに煽られあゆみを止める

乗りものにその名をとどめしNOAHにして
齢九百五十まで生きて死にたり
オリーブの鳩はみたびは戻らざれば
すなわち方舟(ふね)を降りにたりけり
灰いろのマスクのかげに顔ひとつ
あるをわすれて虹見ておりぬ
大洪水は二度はあらずといいながら
風神雷神また来て四角

まるでみてきたように語らるる美術史の、
カントは言うも美の学はなけれ
前衛はある日一気にふるくさく
なるやもしれず昏れゆく秋は
ふるさとはそぞろに遠くあるべしと
思う間もなく鉄橋わたる

放課後のように静けき午後なれば長い廊下の奥に佇つひと