後ろ歩き

イリナ・グリゴレ

白いスカートを穿いて化粧をせずにホテルから駅までタクシーで行った。顔がスカートと同じ、白かった。酸素が足りないと思った。まるで昨日と今朝、起きてから違う惑星に移動したようだった。どこの惑星にいても異物になるのかと思いながら、破れたストキングを脱いで、もらった靴下をブーツに入れて、スカートで隠した。寒い、血の気がさらに引いて目立つ。白い、透明のような身体を混んでいる駅で動かして、ロボットの捜査をしているかのようにチケットの時間を変えた。先ほど起きたことを忘れる。ときめきながら。

昨日の夜は地球にアステロイドがぶつかったかのような光を見たあと、悲劇が起きた。もし、私がこのような映画の監督だったらここまで暴力的にするのかと一瞬考えた。しない。私ならもっと詩的に描く。でも駅でもう一度二人を合わせる。まさか、その通りになった。写真を撮っている、近づいている、一番刺激的なのはお土産の袋を持っていること、なんともなかったかのように。サイコパス、シリアルキラーなど、昔のアメリカのドラマではこんな感じだった。なんともなかったように何かをする。なにも感じないでしょうか。お土産の袋を持って日常に戻るだけ。冷静に向き合う。自分から近づく。まさか、さきほど殺しかけた生き物に面と向き合う勇気がどこからくる? 中世に殺された魔女と思われた女性たちもそういう目を見たでしょう。目が死んでなかったから矛盾が深まった。あの目が息を変えた幽霊でも見ているのか? 後ろ歩きしたい、最初から戻る、テープのように、後ろ歩きし、会えなかったことにしよう。

私の電車が先に来た。冷静に、顔を合わせずに乗った。手が震えながら信頼している人に連絡をし、すぐ返事がきた。それともただ、血まみれの身体をサメにみせかけた? こういうときに女性の司祭がいればいいのにといつも思う。電車の中でやっと涙が出た。隣に座っているサラリーマンが困った顔で雑誌を読んだ。でも目で励ましてくれた。気のせいなのか? こんな時、だれでもいいから励ましてくれる人がいれば救いに感じる。

壊れない。まただれか私を怖がらせようとしたけど壊れない。子どもの頃、放射能を大量に浴びたからか、違う生き物になった。牛とキノコと虫、犬と木、草、そして特にその年の菊と溶け合って強くなった。残念ながら私の首を……。言葉を言うまでもない。こだまが強いから。こんな時、言葉で返す。つまり、この身体から毒を抜く。キノコと山菜から毒の扱い方の知識を学んだ。では、人間はどうやって毒を抜く? まず、言葉を身体から出す。電話でもいい。声と電波で出せる。電車が止まった瞬間、電話をした。駅のすみっこに床に座って震えながら話した。向こうの声がいい声だった。鎮魂の術。麻酔なしの手術と似ている。一人でできない、必ずシャーマンのような人の助けが必要。

それから、どのぐらい経つ? パズルのようにすべてがつながった。同じことの繰り返し、同じような人、悪魔から暴力をうけた。夢では弟たちと出会って、自分の一度殺しかけたところへ戻ってももっと強くなるばかり。そして大事なコツを見つけた。それは後ろ歩きだった。むかし、ジプシーの友達が教えてくれた。黒猫や悪魔と出会った時に後ろ歩きをして唾を飛ばして、自分の家に誘ってないと伝える。舌で十字をする。これは魔法だった。人生の。

後ろ歩きは思ったより悪くない。空気が澄んで息しやすい。後ろ歩きをすると安心する。戦争も人を傷つけることもできない。武器と爆弾が後に落ちる。そしたら自分のところに落ちる。

最近、自分がなぜ自分の村に戻れないのかとよく考える。きっと、そこに答えがある。後ろ歩きができたらすぐ戻れるのに。2年前、母と娘と3人で電車に乗ってブカレストへ向かった。村の駅に降りなかった。電車の窓から森、湖、修道院を見てそのまま電車で過ぎた。そしてブカレストに降りたら駅に向かえに来るはずの弟がいなかったし、私たち以外誰も降りなかった。世界の終わりのような、砂漠にいるような感覚。無人駅の建物の横に200キロ以上の太っている男性がいた。砂漠の神様のような顔をして、お前らなんでここにいると言う顔で私の白いスカートのほうを見て、警備員のラジオステーションで宇宙人とコミュニケーションを取っているような様子だった。でも私たちに悪いことをしなかった。

彼の足についていたジャコウアザミを丁寧にとって、ハーブティーを作りたかったけどお茶のための火を起こさず、しばらくお話しした。「お母さん、村に帰ろう」と娘は誰もいない無人駅の建物で日本語で歌い始めた時に言った。後ろ歩きで電車のレールの上を歩いて村へ帰ろう。祖母が待っているから。