そんな記念館はありません。 そんな
詩のなかの記念館です。 霧のなかから
蕪村がぼんやりと、 すがたを
正面にあらわしましたよ。 というのは
書き物のなかでのはなし、 淀川の岸
毛馬村の水門に佇つと、 郷愁の里です
記念館にはいってみよう。 あぶないな
にんげんの声をした、 階段をあがると
にんぎょうの広間で、ぼくらは落下する
そんな男の子が、 「泣いてはだめ
男の子でしょ」と、一昔まえでしたから
泣き止みました。 誹諧の里
いまでは考えられない、 男の子の習性
ひと昔まえの女の子は、 とつぜん
走り出した。 にんげんの
記念館です。 正面から
けむりの岸があらわれ、 詩はすぐに
大波に飲まれて、 書けません
洗う貝がら、 くろかみのフナムシ
歌書のなかの女主人公です。 「うちら
たからづかを受けるんや」と、気焔です
大阪に来ました。 来ません
詩は来ましたか、 大阪に
来ません。 というのはうそです
書き物のなかで、 そうです来ました
書けなくなったあわれな詩人、 洗う
岸辺の道頓堀で、 いない詩人なのに
どうやって探るの? それはね
うそを吐くこと。 そうそれなんです
大大阪(おおおおさか)を、 ながなが
ウロボロス、 伸びる鎌首
朔太郎が、 正面から出てくるよ
河内の里の、 城東線
北上する霧、 春風
の行き逢う所、 馬堤ですね
ノスタルヂアと名づけました。 郷愁の
詩人がふたり、 記念館に眠る
(明治四十三年三月まで、本籍が河内の国でした。)