ケベック少年(ダニエル・ラノワによる)

管啓次郎

強い硫黄の匂いが空気中に漂っていた
川沿いの道に沿って丸太の山が続いていた
自分たちが貧乏だという事実については
あまり考えなかった
(子どもはそんなことを考えはしない)

木造の橋は雪を避けるため
鳥の巣箱のように周りを覆ってあった
雪解けの時期が来る
冬眠していた木々の枝を
雪解け水が上がっていく

メープルウォーターを沸騰させて
積もっている雪に注ぐ
馬が引っ張るソリの足元には
暖を取るために熱した
煉瓦が敷き詰めてあった

畑を耕す代わりに
トウモロコシをもらう
石を投げて水切りをしたり
ペニー硬貨を線路に置いて
電車が潰すのを見たりした

私たちの好奇心を理解して
形がいびつになった
タイルをこっそり分けてくれる人もいた
(幼い頃からボブと私は
生産的であることが好きだった)

父に会えたうれしさで私たちは
車に飛び乗った
500マイルかけてケベックに戻った
父は街で大工仕事をしていたので
週の平日は子どもたちだけで生活していた

森の中での歩き方を教えて
くれたときのことを覚えている
父はこれをインディアンから教わっていた
野生と一体になるということだ
一歩踏み出し立ち止まって耳を澄ます

耳を澄ますことで次の一歩が決まってくる
そしてまた耳を澄ましさらに一歩進む
積もった雪は秘密を隠す
暑い季節には松の木から
したたる松脂が救いの神となる

近所には砂地があって
そこでは空にむけて弓矢を放った
目をつぶって矢が落ちてくるのを待つ
もちろん私たちのすぐ
そばに落ちてくることもあった

一番年下のロンは弓矢遊びはしなかった
料理に忙しく五歳児にして
薪ストーブの隣で椅子を踏み台にしていた
人々が自分の行動に責任を取らないことに
私はずっと興味を惹かれている

英語に馴れるのは大変だった
私は歩くのが好きだった
ハミルトンは製鉄の町なので
よく大気中に
焦げるような匂いがしていた

先生たちは修道女
学校は子どもたちに
小さな牛乳パックを配った
冷蔵庫はなかったので牛乳パックを
窓枠にずらっと並べて冷やしておいた

ダニエル・ラノワ『ソウル・マイニング』(鈴木コウユウ訳、みすず書房)からの引用のみで構成しました。