アジアのごはん(53)ナムプリックを作る

森下ヒバリ

タイで、わたしは悩んでいた。日本でのおいしい食生活のために買って帰る愛用食材の一つ、トウガラシの荒潰しペーストのナムプリックが、なかなか近所で売っていないのである。今回も宿はバンコク東郊外のウドムスックにあるコンドミニアムの一室。ウドムスックの市場のカレーペースト屋さんでやっと一か所売っているのを見つけたが、味の素てんこ盛りでげろげろなお味。

「はあ〜、プラトゥーナムの市場までナムプリック買いに行かなあかんかなあ」ため息をついていると「え、ちょっと遠いんちゃう?」と連れ。「あそこの店のは味の素が入ってなくて、おいしいからね。でも、遅くても朝の8時前に行かないと店が閉まるし」「そこまでせんでええのんちゃう?」日本に帰っておいしくないナムプリックを使うのも嫌だし、それを使った料理を食べて「なんかおいしくないね」などと平気で言うのもこの連れであるので、思い切って早起きして行くか‥。あの店が昼までやってくれさえしたら、こんなに悩まないのにな。

プラトゥーナムの市場は高架鉄道BTSもより駅からかなり歩くので、ウドムスックから一時間は見ておかねばならない。すると、7時前に出発か。すると、BTSに乗ったりするから起きてそのまま出かけるわけにはいかず、シャワーを浴びて身支度を整えて行かねばならないから、6時半起床、いやそれじゃ遅すぎる。え〜、すると6時過ぎに起きなきゃならないの〜! 例えば京都から朝早く阪急電車に乗って梅田のオシャレな繁華街を通って、そこからさらに通天閣に行くようなルートなので、顔を洗わないで行くわけにはいかず、しかも寝起きのぼ〜っとした頭で移動しなくてはならないのが、気が重い。

毎朝、早朝通勤している皆さんには申し訳ないが、とにかく、早起きは子供のころから大変苦手なのである。(小・中学校は仕方なく遅刻ギリギリに登校したが、高校は遅刻多数、大学では一講目の授業を出席日数不足で落としまくり危うく留年しそうになり、東京で就職した時は会社に歩いて通えるところにアパートを借りた。そこを辞めた後は出社時間が11時の新聞社を選び、その後はフリーランス、と起床時間はわたしの人生において、たいへん重要なファクターなのである)プラトゥーナムに住んでいるときは、徒歩5分だったから、顔も洗わず出かけてもマイペンライだったので、8時前に何とか起きてぼ〜っとしたまま買いに行けばよかった。

「一緒に行ってくれる?」「ええ!?」連れはわたしよりもさらに起きる時間が遅いたちなので、まったくあてにならない。もんもんとして、実行を先延ばしにするうちに、日本に帰る日が目前である。

帰国する前に、友達のポチャナとジュの家に遊びに行った。彼らの家の近くには、サンティアソークという仏教の厳しい戒律で有名な宗派の本拠地があり、その周辺の路地は自然食品やサプリ、タイ薬草などを売る店が幾つも集まっている。本当においしいフルーツシャーベットを売る店もある。そこでも探してみたが、おかずとしてのいろいろなナムプリックはあっても、トウガラシ荒潰しのナムプリックは見つからなかった。

ポチャナの家では、料理の上手なジュがニガウリの豆腐卵炒めや豆腐ときのこ焼きなど作ってくれる。あ〜、おいしい。こちらもそうめんを茹でて食べてもらう。台所には、ボール(直径20センチ)が置いてあってオレンジ色のトウガラシの荒みじんとニンニクのみじん切りが半分づつ入っていた。半端な量ではない。「あれ、ジュはナムプリックも手作りしてるの?」「これはあとで、ポチャナが起きてきたらエビと炒めて料理するの」この大量のトウガラシとニンニクでええ!?「へええ‥」ちなみにポチャナは完全な夜型人間で、起床時間はなんと夕方である。いくら早起きが苦手といっても、朝の9時半とか10時まで寝させてもらえれば問題ないヒバリなど可愛いものでしょう。

しばらくすると、台所から猛烈な匂いが漂ってきた。ジュがエビを炒めているのであるが、なんせボール一杯のトウガラシとニンニクと一緒である。居間にいた全員と猫までが咳き込む。中国醤油で味付け、水を切ったゆで麺に茹で青菜を添えたものにどっさり載せて召し上がれ、と出てきた。

「お、おいしい。でも‥辛いよ‥」今回のタイ滞在で文句なく一番辛い料理である。ジュによれば、中国料理をアレンジしたオリジナルだそうだ。油を少なめに、ニンニクは多めにトウガラシはオレンジ色の甘みもある種類のみを使うのがポイント。あまり辛くはなくシシトウに近いトウガラシのはずだが、さすがに大量に入っているので十二分に辛い。ポチャナのお目覚め用の料理だったりして。

荒潰しナムプリックはいろいろなところで探したがけっきょく見つかっていない。そろそろ、日本で使うための食材も買いにいかねばならない。とびきり辛いプリック・キーヌーというトウガラシを買って帰り、刻んでナムプラーに漬けるのである。そのとき、ジュのあのエビチリ料理が目に浮かんだ。あのボール一杯のトウガラシとニンニク。そうだ、自分で作れば、変な添加物の入っていないナムプリックができるではないか。しかも、このナムプリックは、生トウガラシ、塩、ニンニクを荒潰ししただけ(のはず)。日本の家にはバーミックスもどき(ハンディブレンダー)を最近導入したので、何とかできる! 悩みはするすると晴れた。

というわけで、ナムプリック用にプリック・チーファーと呼ばれる、長さ5〜6センチの赤い生トウガラシと小粒のタイのニンニクを買い込んで、早起きすることなく無事日本に帰ってきたヒバリであった。ではさっそく、作ってみましょう。

材料:生のプリック・チーファー200グラム、小粒ニンニク一掴み、塩小さじ1〜2または塩麹大さじ1
トウガラシはさっと洗って、ヘタを取りざっと刻む。トウガラシとニンニク、塩または塩麹を一緒に合わせてブレンダーで潰す。

目安はトウガラシの皮が5〜4ミリ四方ぐらいになればいい。もう少し細かくても。タイの小粒ニンニクは皮を剥かなくてもよく、ニンニクの量は好みで加減する。10片ぐらいで十分かも。塩はおいしい海の塩、または塩麹もコクが出ていい。ガラスの壜などに入れ、冷蔵庫で保存する。熟れてきてだんだん味に深みが出てくるが、もちろん作ってすぐに使っていい。パサパサした感じならもう少し潰し、塩と水少々を加える。

出来上がったナムプリックは、炒めものに入れる、パスタソースに加える、ラーメンの薬味、冷奴にのせる、などいろいろ使ってみてね。一皿の料理に小さじ一杯ぐらいが目安かな。ニンニクが入っているので、炒めものの場合は、油をゆっくり熱してナムプリックを最初に入れ、焦げないようにさっと火を通してからほかの素材を入れるといい。焦がしてはいけません。冷蔵庫で何か月も持つ。

これで、日本にいても、フレッシュな生トウガラシが毎日ある(のに近い)食生活ができます。