犬狼詩集

管啓次郎

  53

夜の中からぼんやり犬の顔が浮かび出るんだ
吠え声が突然現実化する
獰猛な毛並みで何を守るのか
何を敵と思い何を信仰するのか
緑と赤のネオンサインが交替するとき
夜の親密さはエル・パソとシカゴをむすびつけ
感情と運命をきびしく判別する
ぼくは気にしない
犬1は小さな無尾犬、弱々しい抗議
犬2は痩せたブルテリア、そもそもあまりやる気がない
犬3は忠実な牧羊犬で死者の魂にも目を光らせる
さあ午前二時の太陽を探しにゆこう
道路を蹴ってかけてゆく羊たちの群れが
空っぽの都会では夜汽車のようにうるさい
ざわざわと路面から牧草が生えてくる
これもまた魔法昔話の起源

  54

詩は現実にとっての夜だから
詩は叫びにとっての無音だから
誰も知らないこの夜の風景をきみのために指さすことにしよう
月の光が湖のような効果をもって
10センチくらいの水深で世界をひたしている
ひとつの岩山から次の岩山へと
小舟を漕ぎ出してわたってゆけそうだ
この光景こそいわば世界に関するshorthandで
この圧倒的なしずけさに立つならばこの世の
あらゆるばかげた戦闘の背後にあるものも想像できる
ぼくらの都市の枯れ果てた根も理解できる
生きてゆくことのshorthand
跳ね出した野うさぎの気まぐれな進路を
三つのヴァージョンの音を欠いた動画で見せてくれ
しずかにふるえるゼラチンの風景群が
きみの深い思考をふるさとのように問いただす