アジアのごはん39 放射能時代の食生活2

森下ヒバリ

政府が福島原発事故の後に決めた食品の「放射能暫定規制値」というものが、どうも信用できない。いまの1キロ当たり放射性セシウムなら500ベクレル以下(野菜・穀類・肉・卵など)という数値が、ほんとうに安全なのかは激しく疑問である。なにせ、これだけ原発や再処理工場がありながら、食品に含まれる放射能に関して、これまで食品衛生法上の規制は実はなかったのである。原子力安全委員会の指標があっただけ。チェルノブイリ事故後にも「輸入食品の暫定規制値」が示されたが、それは当時のICRP(国際放射線防護委員会)の勧告である公衆の1年間の被曝限度量5ミリシーベルトに基づいて計算されたものだった。その後ICRPの勧告は5ミリシーベルトから1ミリシーベルトへ改定された。

今回の事故後の国内の食品の安全基準の算出も、基本はICRPの勧告値からだが、ICRPは3月21日に事故を受けて日本の公衆の年間被曝限度値を緊急的に100〜20ミリシーベルトにゆるめるよう勧告してきた。緊急的に、という但し書きが付いているものの1ミリシーベルトからいきなり100とは・・。大問題となった、子どもの年間被曝限度量の20ミリシーベルトへの引き下げは、この勧告に基づいたものだろう。

なぜこんなめちゃくちゃな値が勧告されるのか。その理由は、値をゆるめないと円滑な経済活動ができないから。このICRPという組織は、じつは国際的に中立でも科学的に中立でもない。アメリカの軍事産業、原子力産業の経済活動を保証するために作られたヒモ付き組織である。年間被曝限度値は、これ以下は安全であるという保障ではなく、これぐらいの被爆で出てくる死亡や病気の数ならリスクとして容認しよう(誰が?)という数値なのだ。経済活動のためなら、ある程度は死んだり病気になっても仕方ない、というのが基本姿勢だ。そして、低被曝による影響は無視されている。こういう、人の安全のために算出されたわけではない被曝限度値をもとに、日本の食物の放射能暫定規制値があるのだから、まったく信用できないわけである。まさに「安全です」ではなく「ただちに健康に影響の出ない」はずのレベルにすぎない。

放射能は人間にとって、安全な量というものはなく、少なければ少ないほどいい。このことはヨーロッパの独立系(政府組織や原子力産業のヒモ付きでない)科学者たちによって作られたECRR(欧州放射線リスク委員会)で明言されている。ちなみにECRRの勧告によると公衆の年間被曝限度値は0.1ミリシーベルト以下。放射能の感受性は、子どもは大人の何倍もあり、女性は男性より高いなどのはっきりした傾向のほかに、個体差がたいへん大きい。同じ土地に住み、同じ物を食べてもわたしはちょっと調子悪いぐらいで過ごせるかもしれないが、あなたはすぐ乳ガンになってしまうかもしれない。また、汚染された食物がある程度流通し続けるであろう現状では、たまたま高濃度に汚染された食べ物が「安全」とされて目の前に届くかもしれない。

いま、政府が保証している安全基準で自分や家族を守ることができるだろうか。いや、政府が保証する食べ物(市場に出回っている食べ物)を何のためらいもなく食べ続けることができるだろうか。福島原発事故の放射能汚染は現在進行形である。チェルノブイリの事故後の旧ソ連・ヨーロッパの広範な汚染、イギリスのセラフィールド再処理工場の事故による海洋汚染などからわたしたちはもっと学ばなくてはならないだろう。

ヒロシマ・ナガサキの経験は、占領軍の機密保持政策のために、そして原子力産業と軍事産業の発展のために封印されてしまった。原子爆弾がふたつも落とされたというのに、日本には食物汚染の影響のデータも、内部被曝・低線量被曝の健康被害のデータもない。だいたい低被曝の存在すら認めてこなかった。軍事産業の妨げになるので、占領軍は「微量な放射線の影響はない」ものにしてしまったからである。

チェルノブイリ事故後、食物汚染がもたらす内部被曝による白血病などのガンやさまざまな健康障害が大きな問題となった。ここから学ぶことは、まず汚染された食べ物は食べない、につきるが、どうしても口に入る可能性はある。できるだけ体の中に放射能を取り込まない工夫が必要になってくる。

ほうれん草、たけのこ、きのこ、山菜、ブルーベリー、ハーブ類、茶葉など放射能を取り込みやすい性質を持つものに注意する。セシウムは表面から3センチ程度の土壌に留まるので、大根やにんじんなどの根菜は皮をむく、根菜の葉っぱの生え際は食べない。牧草や雑草に放射能はたまりやすいので、牛乳も要注意だが、分離すると乳脂肪にはほぼ放射性物質はいかない。ので、バターやクリームはかなり安心といえる。

またふだんから、セシウムを身体に取り込みにくくするために、カリウム不足に注意を払うこと。セシウムはカリウムに似た性質を持っていて、ナトリウム過剰な身体だと、セシウムが取り込まれやすい。特にナトリウムの多いジャンクフードや外食中心の食生活を改める必要がある。

カリウムが多いのはアボカド、干しぶどう、りんご、トマト、バナナ、海草、青い野菜、ジャガイモ、ブロッコリー、カリフラワー、納豆、大豆、ひじきなどなど。新鮮な野菜とフルーツを取ること。とくに果物に多く含まれるペクチンはベラルーシでは放射能排出剤として活用されているほどなので、子どもはりんごやかんきつ類を食べるのがよい。ドライフルーツもいい。ジュースには残念ながらペクチンがほとんど含まれない。

海の魚についてはどうだろうか。海への放射能の流出は、北から南に流れる親潮によって南下し、銚子沖で黒潮の流れにぶつかり東へ向かっていき、その後拡散すると推定されている。親潮と黒潮は海水の温度が違うので、この二つの流れの水はぶつかる地点で混じり合うことはない。潮流のほかに、沿岸に沿っても汚染は広がるので、福島原発から銚子沖の間の海域が特に汚染されているだけでなく、原発から南北両方向の沿岸部(銚子からある程度南へも)も汚染の可能性がある。もちろん汚染の高い地域の魚、海草は避けるのが基本だ。特にその地域の小魚、海底に住むヒラメやカレイ、貝類。魚の内臓。なぜかイカとタコは濃縮係数が低く、セシウムの影響を受けにくい。ストロンチウムは魚の骨やエビ・カニの殻などにたまりやすいがセシウムに比べると流出量はかなり少ない。

魚については、大人は汚染海域以外で取れたものなら、あまり神経質になる必要はないようだが、子どもには注意してできるだけ遠い、汚染のない海域の小魚や海草を食べさせよう。カルシウムが不足していると、ストロンチウムが骨に入ってしまう。その意味では更年期の女性もカルシウム不足になりがちなので、注意したほうがいい。今回の事故以外でも、各地の原発や再処理工場(原発の1年分を1日で排出!)では毎日放射能に汚染された水を排出しているので、原子力施設の周辺海域、特に沿岸の海産物にも注意が必要だ。

こうやって、自分で産地を確認したり、選べる場合はいいが、外食や加工食品の中身にはお手上げだ。なるべく外食や加工食品を食べる機会を減らしたいところ。チェルノブイリ事故の後、汚染された脱脂粉乳などが規制のゆるい国を経由して輸入されたり、値の低いものと混ぜられたりして世界で流通したが、そういうことが国内でも起こらないよう祈るばかり。

汚染度が低くても毎日たくさん食べるものなので、主食には用心深くありたい。有害物質は胚芽やぬかに溜まりやすく、汚染の可能性のある地域で取れた米は精米するほうがいい。一方で、ミネラルと食物繊維の豊富な玄米を食べることは毒素排出にもつながるので、安全なお米は、五分搗き米や玄米、発芽玄米で食べたい。栄養豊富な発芽玄米は家庭でかんたんに作れるので、一度ためしてみてはいかが。

玄米は、さっと洗ってボールなどに入れ、ひたひたの水につける。水が臭くならないように1日2〜3回水を替えながら、観察していると2〜3日で胚芽が主張し始め、ぷっくりしてくる。玄米は水を吸って、白くなっているが胚芽の部分はとくに輝いているのが分かる。胚芽がぷっくりしてきたら、いつでも炊いて食べてよし。ちょっとツノが出たぐらいで食べるのがベスト。夏場は、冷蔵庫に入れてもいい。この場合、あまり水を替える必要がないので、日中家にいない人には便利。

どういうわけか発芽玄米は、作っているとなにやらウキウキしてくる。玄米が生きているのが実感できて楽しいだけでなく、生命オーラのようなものがひたひたと溢れている感じだ。同じ目に見えない力でも、放射能とは大違い。こんなときこそ、必要なパワーかも。炊くときは、やはり玄米とほぼ同じかやや短めぐらいの時間と水で炊く。玄米よりもずっと食べやすい。そして、う〜ん、おいしい!

<参考資料>
*「食卓にあがった放射能」高木仁三郎・渡辺美紀子著 七ツ森書館
*「放射能がクラゲとやってくる」水口憲哉著 七ツ森書館
*「原発事故残留汚染の危険性」武田邦彦著 朝日新聞出版
*ブログ「ベラルーシの部屋」http://blog.goo.ne.jp/nbjc
*三重大学生物資源学部准教授「勝川俊雄公式サイト」http://katukawa.com/
*「肥田舜太郎さん講演・低線量内部被曝と・・」http://d.hatena.ne.jp/naibuhibaku/