メキシコ便り(15)

金野広美

異文化だと開き直るタラウマラの男に心底、腹立ちを感じながら、異文化を超えたところにあるだろう男女の良好な関係性についてスペイン語で言えないもどかしさを抱えながら、クリール近郊を訪ねました。ここには高さ30メートルのクサラレ滝や、レコウアタという銅渓谷の一角に温泉が湧き出しているところや、周りを大きな岩や松林に囲まれたアラレコ湖など、多くの景勝地があります。でもクサラレ滝は正直言ってイグアスの滝を見たあとなので、しょぼかったです。しかし、アラレコ湖は静かでとても美しい景観の中にありました。ボートを漕ぎ出し、隅々までゆっくり見て回りました。湖岸にはタラウマラの家があり、馬が草をのんびりと食んでいました。

そしてこの湖の近くに彼らが住む洞窟があるというので行ってみました。洞窟は確かに人が住んでいた形跡があり、岩が火を使った跡なのでしょうか、黒こげになっていましたが、中ではみやげ物が並べられ、女の子がチップを入れてくださいとばかり、かごを持って入り口に立っていました。ギエスカと名乗ったその子に「カマ(ベッド)はどこにあるの?」と聞いてみました。するとあそこと指さしたのは、洞窟の前にある木造の家でした。洞窟はタラウマラが現在も住んでいるというふれ込みで観光客を集めていますが、彼らは実際は別の家に住み、住居跡の管理をしているという感じでした。だって中には鶏がいっぱいいて、ごみだかなんだかよくわからないビニール袋がたくさん置いてあるばかりで、とても人が住んでいるとは考えにくい環境だったのです。

なんだかがっかりしてしまいしたが、気を取り直して、次にレコウアタの温泉に行きました。温泉は谷底にあるので、大きな道路からは1時間半歩かねばならず、下りとはいえ汗びっしょりになりました。湯の温度はちょっとぬるめでしたが、毎日シャワーばかりの身にはやはり、いい湯だなーとなります。それに渓谷がとても美しく、深い緑をながめながら、また、鳥の声を聴きながらの温泉はやはりほっこりして肩の凝りがすっかりとれました。しかし、「行きはよいよい帰りは怖い」ではありませんが、1時間半下ったということは、帰りはまた1時間半登らなければならないことになります。これは大変、せっかく温泉で流した汗がまた吹き出て、汗だくになります。でも悪運の強い私です。自家用車でここまで来ていたメキシコ人の夫婦に上まで乗せてもらえることになり、「行きはよいよい帰りもよいよい」になりました。

次の日、銅渓谷に行こうと朝10時半のバスに乗りましたが、私の悪運もここで終わり、最悪の日になりました。バスに乗って10分もしないうちに道路をパトカーが通せんぼしています。どうしたのかと聞くと世界自転車競技会があり道路を使っているそうで、通れないから戻れというのです。仕方がないのでバスは戻り、料金を払い戻してもらい、汽車で行こうと駅に行くと、こちらも人身事故にはなっていないが、脱線事故が起こり不通だというのです。えー、みんな困っていると一人の男が近づいてきて、150ペソ(1500円)出したら銅渓谷まで連れて行くというのです。政府が出した特別の許可証を持っているとかで、客を募っています。普通にバスに乗っても往復100ペソ(1000円)なのでまあいいかと乗りました。するとやはり同じ場所で通せんぼです。でも運転手が警官となにやら話していたかと思ったらパトカーが道をあけたのです。戻ってきた運転手に私が「たくさんお金が必要だったんじゃないの?」というと図星をさされたのか苦笑していました。すんなり通れた道路は自転車など1台も見ることがありませんでした。私がそのことをいうと、運転手は「これがメキシコだよ」と小さく答えました。

地下鉄が30分も来ない時、荒い運転で急ブレーキをかけられ、倒れそうになった時、道路の大きな穴ぼこがいつまでもそのままだったり、役所であちらこちらと窓口をはしごさせられる時、メキシコ人は時に自嘲的に、時に軽く笑いながら、そして時にあきらめきった表情で「メキシコだからね」といいます。私はこの言葉に、あまりにも多すぎる不条理に対して自分自身を納得させるメキシコ人の、ちょっぴり悲しい生活の知恵を感じてしまいます。

1時間あまりで着いた銅渓谷はとても雄大な景色が広がり、そのスケールの大きさに息をのみました。展望台近くで民芸品の店を開いているフィラが「断崖の頂上に家が見えるだろう」と双眼鏡を貸してくれました。見えました。見えました。小さな白い家が。そこからここまでは徒歩で3日かかるそうですが、フィラの店に置くための民芸品を運んでくるそうです。高さ1300メートルはあるという、その家のある切り立った絶壁にたてば、足がすくんで動けなくなりそうで、本当にすごいところに住んでいるなとつくづく感心してしまいました。

運転手が1時間後に来いといった場所に行っても、彼はまだ来ていません。遅れること30分、自分をガイドだといっていたのでこれからどこかに案内でもしてくれるのかと思いきや、昼ごはんを食べに行くというのです。仕方がないのでつきあいましたが、露天のおばちゃんやそこの娘さんをひやかしながら1時間半、そのあとどうするのといえば帰るというのです。えー、帰りは6時になるというから、ホテルを予約したのに、今帰るのだったら夕方のバスに間にあうじゃないのとばかり、運転手をせかして帰りましたが、なんと15分ほど走るとまた大きな車が道路を通せんぼしています。谷底に落ちたトレーラーを引き上げているのです。オー・マイ・ゴッド、これで完全に時間には間にあいません。私の悪運も尽きた本当にさんざんな一日でした。