夏の労働

高橋悠治

毎年 夏はどこにも行かず はたらいている ひとが夏休みでも こちらは秋のシーズンの準備でいそがしい 7月に韓国楽器と西洋楽器のアンサンブルのために『夜の雨がささやいて』を書き 次に打楽器のための『コヨーテ・メロディー』 打楽器とピアノのための『花の世界』と『打バッハ』を書きおえて8月なかば それからいままでに書いたさまざまな うた21曲を集めたソングブックのために楽譜を清書し 一部は作りなおしているうちに8月がおわった 9月に上演する『トロイメライ』の台本は書いたが音楽はこれから 演奏者のことを考えると かなりの部分が即興になるだろう

という状態で ふりかえってみると こんなにたくさん作曲していても 作品として完結したものはすくなかったことに気づく じぶんで演奏するためか あるひとのうたいかたや 楽器のひきかたを想像しながらつくっているし うたわないときも 詩のことばが杖になっていることもおおかった 既成の音楽を引用することもある それもそのままではなく フレーズの途中からだったり メロディーの輪郭だけだったり 

作曲をはじめた頃は 考えている音楽と西洋楽器の音色がちがいすぎて どんな楽器を選んでいいか わからなかった メロディーが上にあり 低音が支え あいだに和音がつまっている という西洋の安定した空間もいやだった オーケストラや室内楽の標準的な編成のための音楽を いまさら書いてもしかたがない と思う 
むしろ 支えをはずす低音 思いがけないアクセントでつまづかせるリズム 高みに あるいは深みに漂う翳り に誘われ 軌道からはずれて さまよいだすメロディーを

ブレヒトの詩に作曲したことがあったが 伴奏する楽器を思いつかなかった その1曲だけは『7つのバラがやぶに咲く』というヴァイオリン曲のテーマになったが 他の曲はなくしてしまった こんどの『ソングブック』にいれたもののなかにも メロディーだけの曲がいくつかある 楽器を指定していないものもある あるメロディーをめぐって それぞれの楽器がついていったり 距離をとってみたり アラベスクを即興で編みながら ひとつの場をつくる そんなことを想像してみる

なにか新しいもの いままでなかった音の発見は 書きとめておく だが 書けないもの その時その場でしか起こらないこともある 作曲でも即興でもない音楽 興味をそそるのは 未完成のまま放置されたもの 反対に 廃墟のように摩滅し穴だらけになったもの 三味線のように制約のおおい楽器 連続し高揚する運動ではなく 一音一音のあいだに静寂が煙っている薄明りの時間