硝子体手術

高橋悠治

1992年5月のある夕方
プラットホームで空を見上げていた時
急に幕が降りたように 視野の半分が閉じた
それはアレルギー性の白内障で 
見えなくなった右目のまま 2箇月過ごした
今年の8月 町を歩いていると
また右側の風景が消えた
それでも左側はダブルイメージになって
距離のない町並みがつづく
人工レンズがずれたので こんどは虹彩の裏に
新しいレンズを縫い付ける手術を受けた
手術室ではバッハの平均律第1巻第1曲が鳴っていた
ピンクや黄色の四角形が映る目のなかを
一瞬 銀色の針が横切り
アンダルシアの犬の切り裂かれた目か
手術が終わった時には第2巻第1曲がはじまるところだった
どうやって目の裏側から縫うことができるのか
目を取り出してまた入れるのか
まだ聞けないでいる
今度のレンズは目よりも長生きするらしい