崩しの方法

高橋悠治

ピアノを弾き 弾くために作曲する 誘われれば即興もする 即興し 演奏し 作曲する 三種類の活動の折り合い 生活とあそびの折り合い のびやかな空間とゆったりした時間をすこしでも残すために

いま見える音楽のすがた
音は 浮いている 支えがなく 根もなく 足もない 見えない糸に吊られて ゆれうごく分銅
メロディーは しなやかにただよう 思いがけない方向と輪郭 分銅がゆるやかに輪をえがいて のびたりちぢんだり またもどってくるが 中心も端も見えない回廊 
和音は 色の染み にじみ あちこちから糸が出て 崩れた塊

即興は走り書き きこえてくる音や気配に押されて 暖かかったり冷たかったり 明るいか暗い 音程の感じと楽器の手触りからはじめて 手をあそばせる うごきが次のうごきをよんで もういいと感じるまで つづける 音が多すぎる もっとすくない音とみじかいフレーズでできないかと 後でいつも思うが 複雑で速くて楽譜には書けないような 書けてそれを再現しても 二度とその時の自然な感じがもどってこないようなものは 即興でしかできないのかもしれない と思うこともある

楽譜を演奏するときは ちがう問題がある おなじ音符も 他の音とのかかわりや演奏する場のなかでちがう結び目になり おなじものとは言えない 紙に書かれた音符はものではなく 音でさえなく 通過点の標識にすぎないのだろう 同じ長さの音符でも 長さも強さもわずかにちがう それもその場で感じは変わってしまうから やりかたを決めてくりかえし踏み固めるのは練習にならない いいかげんにしておいて どんな状況でも対応して変化できる程度にとどめる そのために あれこれちがうやりかたを試みるのが 練習するたのしみかもしれない それもやりすぎると感覚がにぶってしまう 朝のうちに できるだけ短い時間で済ます

作曲はなかなかはじめられない 朝まだ暗い部屋のなか 夜眠りにおちるすこし前の 力がぬけた身体の上を 影のような音のイメージが往き来する 動きがしずまった時の どこからくるともしれない かすかな動き 失われていく瞬間のなかから すこしづつはっきりする音のかたち そこからはじまることもある そんな時でなくても 身体の動きがしずまって 考えてもいないとき 意志ではなく 意図でもない かすかな方向が 身体のどこか あるいはすぐそばの空間にはたらいているのが感じられれば それを音符として書きとめられるかもしれない

はじまりはなにもないところ 論理や感情から離れたどこかから