人形の治療

時里二郎

人形の治療に来る者は
たいてい愛玩する人形は持ってこない
自らの身ひとつを
診てもらいにやってくる

診療室に入ると
眼の色はイリスのいろに変わり
胸をひらくと トブラの匂いのする下着から
フバルの鎖骨やストイスの乳房が教科書どおりの形状で現れる
なるほどと ひととおりの触診で
幾枚かの乾いた葦の葉を削ったのを組み合わせた発声装置が傷んでいますねと
試しに ティアードをまさぐって
栗鼠の好物の木の実のような感触の螺子をクリクリと巻いて
壊れた声を出させてみるが
それはそのままでと
壊れた声で応える

それから
小一時間
野卑な言葉遣いがとまらないという
人形の不具合を
壊れた声で再現してみせるうちに
ばりざんぼう
わいげんおげん
ちくちくねちねち
ねごとざれごと
ちわのろけ
どせいあくたい
果てもなく
(それでも)
果ては
アッシラカンの飼い主の昂揚を擬態してみせると
突然
もう許さぬと
せっかんとせっちんを差しちがえたまま
飛び出していく

私はというと
グルカ製の腸詰めのように
撥条(ぜんまい)はすっかり弛みきって
カシノキでできた首は傾(かし)いでもどらず
診療室のカルテ受けに引っ掛けられたままのスズミのふんを凝視している
(かっこう)