「天然発酵の世界」(サンダー・E・キャッツ著 築地書館)という本を読んでいたら、アルコール発酵の変化形という章にメキシコのパイナップル酢の作り方がのっていた。なんか、めっちゃ簡単そうである。ちょうど、石垣の無農薬パイナップルが届いたところだったので、さっそく作ってみることにした。現地ではピニャグレ・デ・ピーニャ、と呼ぶらしい。かわいらしい語感で、早口言葉の練習もできそう。
ふむふむ。パイナップルは皮のみを使う。中身はおいしく食べた後の皮で出来るとは、すんばらしい。材料は以下の通り。
・パイナップル1個分の皮
・砂糖カップ4分の1
・水 1リットル
水に砂糖を溶かし、粗く刻んだパイナップルの皮をガラスの保存ビンに入れて水と砂糖を加える。密封はせずにガーゼでふたをする。室温で発酵させる。1週間ぐらいで液体の色が濃くなってきたと感じたら、パイナップルの皮や芯を濾して捨てる。こしとった液体を時々かき混ぜたりゆすったりしながらさらに2~3週間発酵させるとできあがり。
ということなのだが、真ん中の芯の部分も入れて、砂糖は粉状のてんさい糖を使った。(この砂糖は発酵菌のごはんである)数日するとぷつぷつと気泡が出るようになり、いい感じに発酵してくる。1週間で味見してみると、美味しい微炭酸パイナップルジュース。ここで発酵ジュースとしてゴクゴク飲んでもいいのだが、とりあえず酢を作ってみたいのでがまん。
10日ぐらい置いてから皮や芯を取り出した。この段階ではちょっと酸っぱいぐらい。皮や芯を入れている時には、水がかぶっているようにしないと表面に白い産膜酵母が出たり、他のカビができやすいので注意。産膜酵母はゆすってやるとできにくい。産膜酵母は無害なので気にしない。他のカビは取る。
液体を濾して、さらにガーゼでふたをしたまま室温に2~3週間。どんどん酸っぱくなってくる。味見を時々して、つーんとくるようになったら出来上がり。産膜酵母の白いモロモロがあれば濾してキャップのできる瓶に詰め直す。パイナップル酢ができた~。微妙な臭みが少しあったが、ほのかにパイナップルの香りがして、まろやかでうまい。しばらくしたら臭みも抜けたし、大成功。サラダや酢の物に合うね。
う~ん、酢って作れるんだな‥。考えてみれば、いつも豆乳ヨーグルトの種と、お風呂に入れるためにお米のとぎ汁を発酵させて乳酸菌発酵液を作っているけど、長いこと置いておくとかなり酸っぱくなり、料理にけっこう使っている。これもマイルドな酢といえなくもない。まあ、これはちょっと臭みが出やすいが。
いつも料理に使っている酢は京都・宮津の富士酢である。米酢はまず酒を造ってからそれをさらに発酵させて酢にするが、ここは米から自分たちで無農薬で作って仕込んでいる。富士酢は完成された大変おいしい米酢である。米酢を一から自分で作るのはとても大変だ。でも、パイナップル酢なら簡単に作れる。
梅の季節がやって来て、梅干しを仕込んでいたら3つだけ一部がじゅくじゅくした梅が残った。潰れてはいないが、梅干しに仕込むと潰れてしまいカビが来やすいのでどうしようか。3つだけ甘く煮るのも面倒‥そうだ酢にしてみよ! と、オリーブの実が入っていた細長いガラス瓶を出して梅を入れ、水と砂糖を入れて置いてみた。梅も表面にたくさん乳酸菌や酵母菌がいるのだろう、すぐにプクプクしてきた。で、待つこと数週間、しっかり梅の酢になりました。砂糖の甘みが残っているようではまだ発酵が足りないので、注意。
梅干しを作ると出来る梅酢はとても美味しいのだが、とにかくしょっぱい。なので、ショウガやミョウガを薄めて漬けたりするぐらいであまり活用できない。水に入れて薄めて飲んでも全然減らない。しかし、この水漬け発酵の梅酢は甘くも塩っぽくもないのだ。これは使えます。
暑い夏の日、外から帰って来た時に梅シロップをソーダで割ったりしたものをゴクゴク飲むと生き返る気がする。しかし、しばらくすると、身体が重くなってきて、疲れがど~と出てしんどくなり、後悔することが多い。疲れた時に甘いものは、実は体に良くないのである。なので、最近は梅ジュースなどの砂糖漬け食品は作らなくなった。
で、この間外から帰って来て、暑い‥と思った時にこの梅の酢を冷たいソーダで薄めて飲んでみた。これは、おいしい。身体にすーっと入って行く。調子に乗ってもう一杯。それでも、身体はちっともしんどくならない。
パイナップルの皮や梅以外でも簡単にフルーツ酢ができそうである。皮とか芯、熟れすぎまたはちょっと傷んだもの、あまったものなどの利用にぴったり。出来た酢に火を入れるかどうかは、好き好きだが、発酵が終わって完璧に酢になっていれば必要ないだろう。できれば生のままで使いたいところ。
昔タイの東北イサーンに住んでいた頃、ワカメの酢の物が食べたくなって、乾燥ワカメを戻したのはいいが、いい酢がなくて困った。タイ料理では、酸味はマナオというライムの一種を絞って使うか、タマリンドの酸っぱい実を水で濾して使うことがほとんどで、いわゆる醸造酢というものを使わない。まあ、マナオを絞って酢の物にすればいいのだが、日本の酢の物の味とはまったく別物になる。
いちおう、スーパーなどで醸造酢らしきものも売っていたのだが、酢酸を薄めただけかっ、と叫びたくなるような無機的な味であった。ミツカン酢でいいからほしいと身悶えしたぐらいだ。だいたいこれをタイ人が使っているのを見たことがない。汁麺を食べさせるクイティオ屋で、自分でかけて味を調整するトウガラシの酢漬に使われているだけじゃないかと思う。
まあ、最近は輸入品が簡単に手に入るから、タイにいても美味しい米酢がほしくて身悶えすることはないのだが、その頃このピニャグレ・デ・ピーニャやフルーツ酢の作り方を知っていたら、と悔やまれる。フルーツ天国なんだし作り放題ではないか。
でも、この時のかんたんに日本の味が手に入らないタイ地方暮らしの経験から、梅干しや味噌を自分で作ってみたい、美味しい日本の味のいろいろを自分で作ってみたいと思うようになり、ヒバリの台所術は始まったとも言える。タイ暮らしをやめて日本に戻った時には仕事がなくて、会社勤めももう(がまん)できない体と心になっていたし、とにかくお金がなかったので、美味しいものを食べるには自分で作ってみるしかなかったんだけどね。