アジアのごはん(93)らっきょう漬における考察

森下ヒバリ

「う~ん、なんかピンと来ない」去年漬けたらっきょうの醤油漬けをバリバリ噛みしめながら、わたしは悩んでいた。今年もらっきょう漬けの季節がやって来たのだが、なにか今ひとつ醤油漬けのらっきょうに食指が動かないのである。何か、こう、もっと違うものを身体は求めているようなのだ。

今食べているのは去年漬けこんだものだから、さすがにらっきょうの瑞々しさはない。まだなんとかザクザクとした歯ごたえはある。不味いわけではない。いや、うまいと思う。ヒバリのらっきょう漬は、らっきょうの皮を剥いてから沢山の塩で下漬してから甘酢漬け‥などという面倒くさいことはせずに、いきなり醤油と酢と砂糖かはちみつ少々で漬ける甘すぎない酢醤油漬けである。これは手間がかからないが、最低2か月ぐらいは漬けておかないと味が染まない。一番おいしいのは3~4か月たってからだ。

しかし。らっきょう漬けは涼しくなってくると、忘れられる。カレーを作った時に思い出される程度で、基本的に暑いときや湿気が多いときに食べたくなり、また食べるべきものだろう。醤油漬けはしばらく寝かせる必要があるので、ようやく食べ頃になった頃にはらっきょうへの希求がうすれている。

そして、ああ、らっきょう食べたいと思う初夏には去年のらっきょう漬を、なんかパンチないな‥と思いつつ食べているのだった。醤油漬けをまだつけが浅いうちに食べるという手もあるが、やはりどんなに早くてもひと月は漬けておかないと。と、なると何とか食べられるひと月を経過する頃には恒例の夏の旅に出て家にいない‥。

じゃあ、今年は漬けるのはちょっぴりでいいかと、らっきょうが出回り始めた頃に500グラムだけ醤油漬けにした。しかし、500グラムというのはほんとにわずかだ。やっぱり、もっと漬けるか‥。

そうこうしていると友達のミケちゃんが「ウチもらっきょう漬けたよ、ウチはいつも塩漬け。もうすぐ食べられる~」とFBでメッセージを送って来た。ふむふむ、ミケちゃんちは塩漬けなのか。あれ、もう食べられるってどういうこと? らっきょうの塩漬けって甘酢漬けの下漬のことじゃないのか。15%ぐらいの塩で漬けこみ、食べるときには塩出ししてから甘酢漬けにするための塩漬けとはどうも違うようである。だいたい塩15%というのはものすごい量だ。やや塩分控えめの梅漬けと同じぐらいだ。

さっそくどんな作り方か聞いてみた。「う~ん、皮むいたらっきょう1キロに‥塩は適当‥大匙2杯ぐらいかな。まぶして、ビンに入れてカップ3分の2ぐらいの呼び水を入れて置いとく。そんで、3日ぐらいから食べられるよ」「え、3日で!」「うん、そやねん。そんで、上がってきた水がプクプクしてきたら冷蔵庫に入れるねん」「え、プクプク‥」「おいしいよ~。あっという間に食べてしまうで~」

沖縄の島らっきょの塩漬けが思い浮かび、口の中が唾液でいっぱいになった。ミケちゃんちのらっきょうは、島らっきょの塩漬けに限りなく近いのではないか。これだ。わたしが夏に食べたいのは、こういう(たぶん)フレッシュでパンチのきいた、でも生じゃなくてちゃんと漬かった塩漬けのらっきょう、に違いない。しかも、プクプクしてくる、ということは発酵しているということである。らっきょうの発酵漬、酸味も出てくればさらにおいしそう。どうして、今まで気がつかなったのか~。らっきょうとて野菜である。水キムチみたいにして食べればよかったのだ。

プクプク発酵といえば、去年の夏に、初めてパイナップルの皮と芯を使って、水を加えて作る酢を試してみたら、おいしくて簡単で、それ以来季節の果物で酢を作って楽しんできた。この季節、熟した梅の実で作る酢がおいしい。

 *熟した黄梅(キズ梅、熟れすぎでもいい)500g
 *水1.5リットル
 *砂糖80~100g 水に溶かす。酵母のエサ。

これらを広口瓶に入れてガーゼなどで覆ってひもやゴムでとめ、虫が入らないようにする。毎日かき混ぜるか、ゆすって、浮いてきた梅が空気にあまり触れないようにする。2~3日すると、プクプクと発酵してくる。1週間ぐらいして液が濁ってくれば、梅を引き上げて、一度濾して液体だけを再び熟成させる。ときどきゆすってやるが、白い膜(酢酸菌膜)が張ったら、そのままでもいいし、ゆすって混ぜ込んでもいい。そのまま静置は酸素の無い環境で働く菌が、ゆすってやると酸素が好きな菌が酢を作る。臭みが出ることもあるが、数か月たてば消えるので、心配いらない。2か月ぐらいしたら出来上がり。ガーゼで濾して瓶などで保存する。

この梅の酢は2か月熟成させなくても、2週間ぐらい(砂糖の甘みが消えて、酸っぱくなっている状態)で十分おいしくなるのでソーダや冷たい水で割って飲むと、夏の暑い日の水分補給にばっちりである。甘いジュースは後で身体がぐったりするが、この甘くない梅の酢ソーダ割りなら身体がしゃきっとする。熟成させたものは、さわやかな酸味が料理に使いやすい。梅漬けで出る梅酢はおいしいけれども塩辛すぎてなかなか使いにくいので、塩辛くも甘くもないやさしい酸っぱさのこの梅の酢は重宝する。

白い膜をカビだと思う人は多いのだが、カビではないので濾してしまえば、すっきりした酢になる。漬けた実がつぶれていたりすると、白く濁った酢になるが、問題はありません。エキスを全部搾り取ろうと、果実を潰してぎゅうぎゅう押して濾したりする人もいますが、雑味が出やすくなるので、おすすめできない。

いちおう、ネットや料理本で「らっきょうの塩漬け」を調べてみた。しかしほとんどが塩漬けというと、甘酢漬けの下漬で塩分15%のものばかり。もしも塩漬けで食べるときは、塩抜きしてから食べろ、と。中にひとつかふたつ、塩分4%で漬ける、島らっきょの塩漬けみたいにというレシピがあった。しかし、熱湯を回しかけろとか意味不明。う~ん、ここはやはりミケちゃんレシピで、行こう。もっとプクプクさせるために水を少し多めに入れて、と。塩は足りなかったら追加すればいいや。

らっきょう漬けを、梅干しのように保存漬としか考えていなかったので、少ない塩での塩漬け、という方法に思い至らなかったが、いやはや、この漬け方はまさに目からウロコである。

塩をまぶして1日たって、プクプクと泡が出始めた。水も上がって来て、顔を出していたらっきょうも水に浸かった。味の変化を見るために、毎日味見をしてみようと、小さいのをひとつかじってみる。ふむ、漬かりは浅いが1日でもう生とはちがうまろやかさが出ている。よしよし。赤いとうがらしを2本入れ、ゆすってやる。ぷ~んとらっきょうの匂いが立った。はやく、おいしくな~れ。