ベルヴィル日記(3)

福島亮

 ここ数日、雨が続いている。二週間ほど前になるが、洗面所のガラス窓のガラスが、もともとはいっていたヒビにそって外れてしまい、二日ほど窓に穴があいた状態で過ごすはめになった。どうにかテープで応急処置をしたから今は風が吹き込むことはないのだが、その二日間に風邪をひき、いまも鼻風邪が続いている。いまだにフランスの冬には慣れない。

 10月12日の夜、コンゴ共和国生まれの作家アラン・マバンク(1966- )と会うことができた。とある小さな書店で、マバンクとセネガル生まれの詩人スレイマン・ディアマンカ(1974- )が対談をおこなっており、立ち会うことができたのだ。

 2006年に発表した『ヤマアラシの回想』という小説でルノドー賞を受賞したマバンクは、現代フランス語文学を代表する小説家の一人だ。マバンクは現在、合衆国でカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授をつとめつつ、フランスで刊行されている「ポワン・ポエジー」という叢書の責任者も担当している。この叢書の紹介をすることがイベントの目的だった。ベルヴィルとはあまり関係ないけれども、今回はこのイベントのことを備忘録風に書いておこうと思う。

 なんといっても、ディアマンカの朗読がすばらしかった。彼は、がっしりした身体をしているが、雰囲気は物静かで、すこしはにかんだような目をしている。どんな詩人なのだろう、と思っていたが、いざ彼が口を開くと、原稿も本もなにも見ていないのに、途切れることなく、とうとうと詩句が流れ出すので驚いた。彼のパフォーマンスは、「スラム」や「スポークン・ワード」と呼ばれるものなのだが、その詩にはなんともいえないリズムと言葉遊びがあった。朗読しているあいだ、ディアマンカの身体はかすかに前後に揺れており、その揺れに合わせて、言葉が身体から湧き出てくる。不思議な感覚なのだが、彼の身体から溢れ出す言葉を聴きながら、まるで、ディアマンカの身体のなかに書物があり、それが彼の舌を通じて音声に変換されているような心持ちがした。(ディアマンカの「紙の蝶々(パピヨン・アン・パピエ)」という作品がYouTubeにあがっていたので、リンクをはっておこう。この作品もあの日の夜、朗読された。https://youtu.be/mq_1QnemAWc

 朗読には、マバンクも舌を巻いていた。「なんでそんな風に朗読できるの?」と思わず質問をする。ディアマンカの答えはこうだった。彼の両親は文字の読み書きが自由にできず、ディアマンカは子どもの頃から記憶を駆使する生活を送っていたのだという。本を読んでは、それを記憶に刻みつけ、口にしていたらしい。だからなのだろうか、ディアマンカが話しているのを聴いていると、べつに詩作品を朗読しているわけではないのに、どこかリズムを感じる。ゆっくりと揺れるようなディアマンカのフランス語。この人のフランス語ならば、どうにか身につけてみたい——そんなふうに思っている自分に、驚きもした。あるテレビ番組では、ディアマンカのことを「現代のグリオ」と紹介していた。言い得て妙だと思う。

 会場は人で埋まっていた。その多くがアフリカ系の人たちだ。老若男女、さまざまである。みな、同郷の作家や詩人に会うためにやってきているようだった。もちろん、人気作家マバンクを目当てにやってきている私のような人もいただろうけれど。この有名作家に誰もが関心をよせている。

 マバンクとディアマンカの対談が終わって、会場に質疑応答がふられると、ある紳士がおもむろに手をあげて、こう質問する。「マバンクさん、私はあなたの本をまだ一冊も読んだことがないのですが、何を手始めに読んだらよいでしょうか?」会場からは笑い声。マバンクも笑いながら、「誰かおすすめを言ってやってくれ」となげかける。「『明日、僕は二十歳になる』なんかどうだろう」「『割れたグラス』がいいと思うよ」と会場から声があがった。

 会場のすみで控えめに手を上げている若い女性がいる。大学生だろうか。彼女はギニア出身だという。「マバンクさん、パリだとこんな風に本屋があって、誰でも本を手に取ることができます。あなたの本も自由に読むことができます。でも、私の国の若者はそうはいきません。そもそも本がないのです。あなたは有名人なのですから、政治家にかけあったりして、どうにか状況を変えてくれませんか。」「すでにしています、何度もやっています」とマバンクは答え、「文化事業の担当者、いや非=文化事業の担当者にも掛け合いました(会場からは笑いがおこる)。でも思い起こしてみてください。アフリカの国の大統領で、だれか演説中に文学作品を引用したことのある人はいたでしょうか。フランスの大統領を見てください。文学作品の引用をしています。でもアフリカはどうですか。誰もいません。誰もいないのです。」私の後ろに立っていた男性は、それがアフリカさ、とつぶやいた。マバンクはさらに続ける。「政治家が率先して文化に関心を持たなければならないのです。そうでなければ……」

 ふと日本の首相はどうだったか、なにか文学作品を引用したりしていただろうか……と自問し、答えに窮してしまった。

 イベント終了後、マバンクは彼と言葉をかわそうとする一人ひとりと談笑し、サインを求められれば、一人一冊などと言わず、目の前に積まれた本すべてにサインをしていた。ディアマンカの方は、音楽をやっているというやはり物静かなちょっと不思議な青年とゆっくりと語り合っていた。不思議な、というのは、質疑応答の際にこの青年も手を挙げて、(おそらく)詩と音楽の関係について質問をしていたのだが、それは聞き取れないほどか細く静かな声で、しかもゆっくりした口調だったからである。それは何かを伝えようというよりも、かろうじて聞こえる独白のようだった。ディアマンカもまた、朗読以外のタイミングでは、ゆっくりと静かな声で話す。二人の世界はどこかで響き合っているようだった。

 一足先に書店から出て、帰路につく。まだ店の中には大勢の人がいたから、あの後もずっと談笑が続いたに違いない。メトロに乗りながら、まだ、あの場にいた人々の語り合う声が耳元でこだましているような気がしていた。