禁じられたお金

さとうまき

以前、僕がコツコツとシリアのがんの子どものためにお金を送っている話を書いた。しかし、とうとうアメリカに目をつけられてしまった。ロシアがウクライナに侵攻して間もない頃、つまり2月の終わりのことだ。

近所にフィリピンの輸入食材などを扱っている雑貨屋があり、ウエスタン・ユニオンの代理店もやっている。フィリピンバナナなどはここでしか買えないから値段が高いのはわかるが、石鹸とかシャンプーは日本のそれよりも結構高くて、そんなもんをわざわざ買っていく近所のフィリピン人は、結構裕福なのかもしれない。いや少なくとも、僕よりは稼いでいるに違いない。

いつものようにフィリピン人のおやじに送金をお願いする。しかし、おやじは、パソコンとにらみながら「エラーが出て送れないです」という。ウエスタン・ユニオンのサービスセンターに電話すると、どうも審査を受けなければいけないということらしい。電話でいろいろ聞かれたので、正直にシリアのがん患者のこどもに送金していることを説明した。結果、金輪際送金できませんということになった。「なんで?」と聞いても、理由は言えないという。ダメなものはダメですと押し切られた。

理由は簡単だ。アメリカの経済制裁である。いかなる理由であろうが、シリア国内への送金は許さないというわけだ。シリアに送り続ける僕は、アサド政権を存続させる悪いやつということで、二度とシリアにお金を送れないようにしてやれ!という魂胆だ。ただ僕が送金しようがしまいがアサド政権はびくりともしない。

ロシアへの経済制裁も重なり、おそらく米国の当局がウエスタン・ユニオンに圧力をかけて海外送金を厳しく精査するように指示したのであろう。

僕自身、ウクライナ病にうなされ、頭の中がすっかり青と黄色になってしまっていた。結果アレッポのお母さんからの連絡をチェックするのを怠っていたのである。以前はアラビア語のできる学生たちがいろいろ手伝ってくれていたが、彼らも青と黄色に染まってしまったのか、シリアどころではないようだ。それで、グーグル翻訳を使ったりして何とかやり取りしているのだが結構めんどくさい。

気が付くと次のようなメッセージが来ていた。「どうもいつもありがとうございます。忙しいところすみません。お邪魔して申し訳ないのですが、実は病院に行く車の運転手にお金を払えないです。うちの家族は女の子と16歳の長男だけ働いています。その長男はプラスチックホースを製造する工場で働いて、週に55,000のシリアポンドをもらっている。だからパンを買って食べるくらいのお金しかありません。それが私たちの生きるすべです。この間アサド大統領は恩赦を与える大統領令を出したが、その中に夫を見つけることができませんでした。とても惨めです。心配かけて申し訳ございません。サラーハの病気の治療を手伝ってくれる人は他に誰もいませんのでお願いしたいです」

サラーハのお父さんは2015年に行方不明になっているのだ。イスラム国に捕まったかもしれないし、殺されたのかもしれない。お母さんは、シリア政府に拘束されているのではないかというかすかな希望を抱いているのだろう。このご時世で、女手一つで子どもたちを養うのは至難の業だ。

慌てて帳簿を調べてみたら、アレッポからダマスカスの病院に通う交通費がロシアのウクライナ侵攻が始まってから1.5倍にまで高騰して300,000シリアポンドになっている。長男が半年働いても一度も病院に連れていくことはできない金額だ。僕が送ったお金はあっという間に底をつき、お母さんは借金をしまくっている。サラーハの一家は戦争で破壊された廃墟をただで借りている。近所の発電機も燃料が手に入らずにもう電気も来ないらしい。冬場は乗り切ったので凍え死ぬことはないのだが。

どうしてアメリカは、シリアの最底辺の人日を苦しめるのか。アサド政権が崩壊するまでは制裁を続けるようである。しかし、成果を得る兆しはない。そればかりか、米軍はシリアの油田を占拠して、原油を盗んでいるらしい。ひどい話である。

今、シリア人たちは、何とか生きていくために、麻薬の密売や、臓器の売買、子どもを誘拐して身代金をとったりする犯罪も出てきているらしい。ひどい話である。

ともかく、僕はというと何とかしてお母さんを応援して、サラーハ君を無事に病院に通わすことだ。頭が痛い。。。