水牛的読書日記2024年7月

アサノタカオ

7月某日 琉球弧の詩人・川満信一さんが2024年6月29日に亡くなった。享年92。いまは悔しい気持ちでいっぱいだ。川満さんは昨年末から『現代詩手帖』に連載詩「言語破れて国興るか」を発表していた。本に、雑誌に、個人誌に、手紙に……。川満さんの遺した詩のことばをかき集め、読み直す。

7月某日 デザイナーの納谷衣美さんと電話。韓国の作家ハン・ガン『別れを告げない』(斎藤真理子訳、白水社)について語り合う。済州島4・3虐殺事件を背景にした長編小説で、断続的に読み続けてきた。自分のなかにも済州島への旅をめぐる重い記憶がある。それゆえ感想を語ろうとしても喉につかえる感じがあり、まだうまくことばにならない。

7月某日 韓国の作家イ・ジュへの作品集『その猫の名前は長い』(牧野美加訳、里山社)を読む。「水の中を歩く人たち」という短編小説から。

7月某日 韓国を代表する日本文学の翻訳家クォン・ナミのエッセイ集『翻訳に生きて死んで』(藤田麗子訳、平凡社)を読む。個人的には、韓日の編集者の仕事のちがいを知ることができておもしろかった。「翻訳死」なんていう強烈なことばも出てきてどきっとする。

東京・神保町のチェッコリ翻訳スクールで「翻訳者のための編集講座」と題して特別講義をおこない、本書を紹介した。翻訳者を目指すみなさんの真剣な顔に向き合いながら、編集者として、翻訳者が「翻訳死」することなく健康に暮らせるようケアしないと、と肝に命じた。

7月某日 石牟礼道子さん『新装版 花いちもんめ』(弦書房)が届く。巻末には、熊本・水俣の石牟礼さんの旧宅でカライモブックスを営む奥田直美さん、奥田順平さんのエッセイも収録。

7月某日 二松学舎大学の編集論の授業の後、写真部や文芸サークルの学生と雑談をする。同人誌を創刊するそうで、編集をテーマにインタビューを受けることになった。

7月某日 《「百年の孤独」文庫版発売、売り切れ続出 特設コーナーや重版も》。長く文庫化が望まれていたガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳)がいよいよ新潮文庫で刊行され、毎日新聞で報じられるほど話題に。このタイミングで思いがけず『百年の孤独』について人前で話すことになり、文庫版で読み返さねば、と近所の書店を巡ったもののやはり品切れで入手できず。その代わりに、こちらも話題の友田とんさん『『百年の孤独』を代わりに読む』(ハヤカワ文庫NF)を。

《ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』を、読者であるあなたの代わりに「私」は読む。ところがつい話が横道に逸れて脱線してしまう。『それでも家を買いました』、ドリフターズのコント……》という友田とんさんの本を読んでから『百年の孤独』を再読すると、頭の中で「代わりに読む」的な連想がとまらない。『百年の孤独』を読んだことをきっかけに南米まで行き、人生を脱線した記憶がまざまざとよみがえってきた。

7月某日 読書会にオンラインで参加。課題図書はガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』。参加者はそれぞれにこの名作の力に魅了されたようで、おしゃべりはいつも以上に盛り上がった。ぼくは、物語の舞台である「マコンド」のような村に行ったことがあるという妄想じみた話(でもブラジルで体験した本当の話)を語った。ところでおよそ30年ぶりにこの小説を読み返してみて妙に気になったのは、主人公アウレリャノ・ブエンディア大佐の17番目の息子アウレリャノ・アマドルだった。ほとんど台詞もないまま村から消えるだけの存在なのに、なぜだろう。

7月某日 大阪へ出張。出版社ハザの事務所で対談の収録を行った後、京都へ移動し、恵文社一条寺店を訪問。文化人類学者・批評家の今福龍太先生の新著『霧のコミューン』(みすず書房)刊行記念のトークに参加。平日の午後にもかかわらず会場は満員だった。エミリー・ディキンスン、宮沢賢治、山上憶良、ボルヘス、ゲーテ、ルイーズ・グリュック、トリン・T・ミンハ、ウィリアム・ブレイク、ヘンリー・ソロー、吉増剛造、左川ちか、吉岡実、アルセーニイ・タルコフスキー、川満信一……。今福先生が詩人たちの「霧のことば」を次から次に朗読し、紹介してゆく。関連するさまざまな歌も聴くことができて、非常に充実した時間をすごすことができた。

恵文社一条寺店では、東京・下北沢の気流舎を共同運営するコレクティブのひとり、ハーポ部長の姿を見つけてお互いに近況報告。部長からは、ボブ・マーリーに捧げられたZINE『BOB Book of Books』をプレゼントしてもらった。ほかにも、京都大阪の友人知人とおしゃべり。会場には写真史家の戸田昌子さんもいらっしゃって、イベントの後、書店スタッフの原口輪佳さんに紹介していただいた。戸田さんが監修した『われわれはいま、どんな時代に生きているのか——岡村昭彦の言葉と写真』(赤々舎)を熱心に読んだので、挨拶することができてうれしかった。

7月某日 三重・津のHIBIUTA AND COMPANYへ。市民文化大学HACCOA(HIBIUTA AND COMPANY COLLEGE OF ART)で、「ショートストーリーの講座」第2回の授業を行う。今回は、書評の実践を通じて「読む」「書く」について考えた。

その後、HIBIUTAで読書会「やわらかくひろげる」を開催。課題作品は、宮内勝典さんの小説『ぼくは始祖鳥になりたい』(集英社文庫)の第18章「脳とキノコ雲」、第19章「この惑星こそが楽園なのだ」。人間は意識として存在するのか、物質として存在するのか。世界は意味として存在するのか、物理として存在するのか。究極の問いを突きつけられたまま、来月はいよいよ小説の最終章を参加者のみなさんとともに読む。

7月某日 本屋の加藤優さん(散策舎)、関口竜平さん(lighthouse)、村田奈穂さん(日々詩書肆室)の共著『場所を営む/社会を変える』(HIBIUTA AND COMPANY)を読みながら、名古屋へ。東山公園前のブックショップ、ON READINGをひさしぶりに訪問し、大杉好弘さんの小さな画集『sometimes, somewhere, somethings』(ELVIS PRESS)を購入。ON READINGの黒田杏子さん、黒田義隆さんとも話せてよかった。

黒田さんたちとは同じ大学に通っていたのだが、青春時代を過ごした名古屋の町の風景はどんどん変わって、見慣れないものになってゆく。神奈川の自宅に帰ると、丸田麻保子さんの詩集『カフカを読みながら』(思潮社)が届いていた。装幀は山元伸子さん。

7月某日 二松学舎大学の編集論、今学期の最後の授業を終えて、神保町の韓国書籍専門ブックカフェCHEKCCORIへ。「チェッコリ書評クラブ」に集う仲間とともに、おすすめの韓国文学を紹介するZINEを制作する予定。

7月某日 某書店で開催予定だったガルシア=マルケス『百年の孤独』についてのトークイベントは、最少催行人数が集まらずに延期になってしまった。本書と出会った後の自身の旅と読書の経験を語りつつ、以下の5冊をつなげて紹介するつもりだった。ストーリーは頭の中にあるのでいずれどこかで語るか、書くかしたい。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳、新潮文庫)
カレン・テイ・ヤマシタ『熱帯雨林の彼方へ』(風間賢二訳、白水社)
星野智幸「目覚めよと人魚は歌う」『星野智幸コレクション フロウ』(人文書院)
松井太郎『うつろ舟』(松籟社)
友田とん『『百年の孤独』を代わりに読む』(ハヤカワ文庫NF)

7月某日 地元の図書館に本を返しに行くと、どしゃぶりの雨。館の入り口で空をみあげると灰色の雲にびっしりおおわれ、雨はしばらくやみそうにない。傘は持っていなかった。館内に引き返し、『中上健次全集』(集英社)の月報を拾い読みしながら時間をつぶす。

ブラジルを旅していたとき、こんなふうにしてスコールをやりすごすことがよくあったな、とそんなことを懐かしく思い出した。