話の話 第17話:ホームスイートホーム

戸田昌子

失敗の多い人生だった。いまでも失敗し続けている。だから自分に自信が持てる日はきっと来ないのだろうと思う。

ドアベルがピンポンと鳴る。郵便屋さんである。扉を開けるとポストマンが手にしているのは、ふかふかした頼りない小包。あれはわたしが夜中に軽いノリで買った服に違いない。見ただけで、とたんにわかる、「また、やってしまった」ということが。大急ぎでハンコをポンとついた後、包みを乱暴に開ける。出てきたのは、ベージュの安っぽいレインコート。おかしいな、こんなものを買った記憶はない。試しに袖を通してみると、石油くさいような、変な匂いまでする。なぜわたしはこんなものを買ってしまったのか? 買ったことを覚えていないだけじゃなく、似合わないし安っぽいし臭いし……と、15分ほど悩む。そしてその果てに、ついに決断する。仕方ない。捨てよう。こんなものを持っていると、なぜこんなものを買ったのかと、また、後悔し続ける人生になってしまうからである。

そして、ゴミ箱に入れる。

そして、忘れる。

すっかり忘れ果てた頃に、妹から「ところで、まあちゃんに代理で買ってもらったわたしのレインコート、届いた? ねえ、どうだった?」とLINEが来る。

はて、そんなもの、あったっけ? しばらく考えて、ああ、あれか(低い声)。なるほどあのコートは、フランスに住んでいる妹に頼まれて、安請け合いして代理購入したコートだったのでした。「ごめん、それ捨てた」「はあ!? 捨てたって?」「うん、捨てた。ごめん、だって、臭かったしダサかった」「……いや、だからって、普通、捨てる?!」

結局、代わりのレインコートを買ってあげ、フランスまで持参しました。高くつきました。妹「さすが、まあちゃんだよね。やることが極端」。

人間ってどうやら、失敗したことを認めないために、恥の上塗りをしてしまうところがある。そんな事例を見るたびに、失敗しても居直って堂々としていたほうがいいんだ、と思う。失敗したことに気づかせなければいいんだ、と居直ってみる。

居直ると言えば、昔、実家のすぐそばに、青いトタン板でできた家があった。屋根がトタン板なのはもちろんのこと、外壁のすべてがトタン板のみで構成されているヴァナキュラー建築である。バナキュラー建築などとおしゃれな言い方をしてはみたものの、夏は暑そうだし冬は寒そうだし、人が住むにはだいぶ微妙な建造物だ。しかも、建てられている場所はY字路の三角州で、一方の道は上り坂、もう一方は下り坂で、危険な立地である。どうもあやしいのだけれど、表札まで出ている。親に尋ねると、「あれは違法建築なのよ」と言う。話によると、戦後の混乱期に、ある男がやってきて、どさくさに紛れて掘立て小屋を建てて住み始めた。しかし坂道の途中の三角州で、一方は国道に面しており交通量も多く、危険な場所であるから、役所の人間が来て、再三、立ち退きを迫られる。しかし、応じない。そのうちに、女の人がやってきて、いつのまにか、子どもまで生まれた。再三の立ち退き要求にはもちろん応じないまま、10年経ち、20年が経つ。そのうちに、トタン屋根はどんどん増えていき、いつのまにか二階建てになった。しかも、そのうちに窓ガラスの入った窓がつけられる。そしてさらに30年、40年が経つ。違法でも長いこと住んでいると、家に関する権利が発生するわけで、もう立ち退きを迫られることはなくなる。その間に子どもはポコポコ生まれ、出て行ったり、帰ってきたり。はっと気づくと、いつのまにか大きな腹を抱えている女の子がいる。孫が生まれる。そしてまた出ていく。何人が出入りしたかは分からないが、いまは静かになって、青いトタン屋根の家はそのまま健在である。

あれくらい居直りたい、と思う。

トタン屋根と言えば、わたしが子どもの頃、ソバージュヘアというのが流行った。高校生のパーマは固く禁じられていた時代だったから(たぶんいまでもだいたいそうだろう)、姉のクラスメイトがソバージュヘアのパーマをかけて登校したとき、生活指導の先生に追っかけられて怒鳴られた。「なんだそのトタン屋根みたいな髪型はァ!」。言われたほうの生徒は、叱られたことというよりも、せっかくのソバージュヘアを「トタン屋根」と形容されて自尊心を傷つけられ、かなりしょげていたそうである。

ちなみに、「焼けたトタン屋根の上の猫」(原題は「熱いトタン屋根の猫」である)は、テネシー・ウィリアムズの戯曲のタイトルである。「欲望という名の電車」といい、「ガラスの動物園」といい、ウィリアムズの戯曲は、忘れられないタイトルを持つものが多い。そのなかで登場人物たちはたいてい、なんとなく直視できないようなうっすらとした不幸のなかに生きていて、はかない薄明のごとく見える希望にすがろうとしている。その、じりじりとした焦燥感と、破局。

「こないだ、戸田さん、夢は全部かなえた、って言ってましたね。珈琲館で」
「よく覚えてますね、そんなこと。……確かに夢は全部かなえたけど、別に空っぽってわけじゃないですよ。やりたいことはこまごまといろいろあるし。でも、駆り立てられるような気持ちというのは、もうない、というか」
「へえ。駆り立てられるって、戸田さんにとって、そんなに大事なことなんですか?」

先日、こんな会話をした。考えたこともなかったが、わたしはどうやら、駆り立てられる以外に人生を駆動させる方法を知らないらしい。「駆り立てられる」、これは他者によってもたらされる感覚だ。わたしは自分が能動形であるよりも、他者によって動かされたいと考えているのだろう。夢によって駆り立てられる、そんな気持ちが消えたあとの、夢を叶えたあとの、人生。

夢といえば、先日、服屋の店先にあった「reve」という文字が刻印されたTシャツをみかけた時に、つい娘に「あれはね、夢という意味のフランス語なんだよ」と言ったことがあった。すると娘は「へぇ、それって、夜みる夢のこと? それとも将来の夢も、同じ言葉で言うの?」といきなり、直球の質問が返ってくる。少々うろたえながら、「たぶん、両方のことを言うよ」と答えると、「どの国でも、寝た時に見る夢と将来の夢が同じ言葉だなんて、不思議だな」と言い始める。「このふたつって、全然違うことなのにな」と言われて、確かに……と、思う。これほどまでに全然違うものを同じ言葉で呼ぶ慣習が、複数の言語で共通しているということは、いったいどういうことなんだろうか。もし、世界中の「夢」という言葉を調べてみたら、言語学にせよ、民俗学にせよ、とても素敵な学問的研究になるんじゃないだろうか。いきなり妄想してしまう。

夢をみる人は素敵だ。先日、アイルランドで、食事会のときに隣に座っていた、笑顔の絶えないアメリカ人が、突然、こんなことを言い始めた。「デザートって本当に素敵だと思うんだよね。僕はね、前菜がデザートで、メインもデザートで、デザートもデザートっていう店があったらいいなっていつも思っているんだよ」。いったいこの人は、どこのどんな星に住んでいるんだろう? 考えながら話を聞いている。「僕ね。そのお店の名前はもう決めてあるの。シュガーって言うんだよ」。思わず、激しく同意する。彼はもう一度考えて、「もちろん、ホームスイートホームでもいいんだよ」。確かに、ホームスイートホームでもいい。その店はきっと桃源郷の入り口あたりにありそうな気がする。

鳩尾が言い出す。「ひとつ思いだした、って、AIが言うっていう、そういう小説が前にあったんですよ」。「それはとてもいいね、」とわたしが返す。そしてちょっと考えてみる。はたして、AIは夢をかなえるのかしら。