10月某日 『「知らない」からはじまる 10代の娘に聞く韓国文学のこと』(サウダージ・ブックス)の共著者である(ま)——(ま)というのはぼくの娘のペンネームなのだが——が、韓日交流作文コンテスト2025の日本語エッセイ部門で優秀賞を受賞した。
東京での仕事のついでに四谷にある駐日韓国文化院へ行き、ロビーで展示中の入賞者全員の作文作品をじっくり鑑賞。審査員である作家の深沢潮さんによる講評がすばらしかった。作家としての厳しくも温かみのあるメッセージ。講評の最後に「みなさんの中からプロの書き手も出てくれるのでは」と記しているが、そんな未来が実現するといいなと思った。
(ま)が、韓国の作家ハン・ガンの小説『少年が来る』(井出俊作訳、クオン)を読みたというので本を貸した。20代の大学生になった彼女がいま読んでいるのは松本卓也さん『斜め論』(筑摩書房)とのこと。
10月某日 最寄りの書店で深沢潮さん『はざまのわたし』(集英社)を購入した。在日コリアンの家庭で成長した作家による、食の記憶をたどる自伝的エッセイ。年始に刊行され、読みたいと思っていたのでこの機会に。
今年の8月、新潮社の週刊誌に掲載されたコラムで、深沢さんが人種差別と事実誤認に基づく名指しの攻撃を受けたのだった。コラムの著者による悪意ある言論の暴力と版元の無責任な対応は卑劣きわまるもので容認できない。深沢さんの小説やエッセイをじっくり読み、考え続けることにする。『はざまのわたし』と並行して、小説『緑と赤』(小学館文庫)も。どちらも好著で、簡単に割り切れない生きる世界の複雑さを描き出す文学の底力を味わう。読んでよかった。
10月某日 うっかりしていて、9月の水牛的読書日記を書くのを忘れていた。先月読んだ本は、今福龍太さん『仮面考』(亜紀書房)、松岡正剛さん『世界の方がおもしろすぎた』(晶文社)、渡邊英里さん『到来する女たち』(書肆侃侃房)など。松岡さんの本は、大学の編集論の授業で紹介した。
先月届いた本は、蒲池美鶴さん『わたしは小学生 改訂新版』(創元社)、小川てつオさん『ホームレス文化』(キョートット出版)、瀬戸夏子さん『をとめよ素晴らしき人生を得よ』(柏書房)。
10月某日 随筆復興を推進する文芸誌『随風02』(書肆imasu)が届いた。拙エッセイ「この日常のまっただなかに」も掲載され、特集「好奇心」のトップバッターを務めている。ご笑覧いただければ幸いです。
さっそく、『随風02』を通読。「試み」としてのエッセイの可能性ってまさにこういうものだ……と衝撃を受けたのは、『九階のオバケとラジオと文学』(よはく舎)の著者である今井楓さんの「そのバケツの水を私にかけてください。」だった。行方の見えない文の道を手探りしながら進み、最後の1行まで辿り着いた瞬間、目の前にぱっと開かれる意識の風景に圧倒される。すごい才能だ。
10月某日 東京での仕事前に、高円寺の蟹ブックスをはじめて訪問した。『随風02』にエッセイを寄稿している店主の花田菜々子さん、そしてphaさん、古賀及子さん(いずれもすばらしい随筆作家)、書肆imasu代表の平林緑萌さんのサイン会が開催されると聞きつけたので、みなさんにご挨拶を、と。お店では、花田さん旅日記のZINE『44歳、目的のないイスタンブール一人旅の日記』と古賀及子さん『巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある』(幻冬舎)を購入。読みたい本も漫画もたくさんあり、また行きたい。
10月某日 東京・赤坂の双子のライオン堂で、小説家の江藤健太郎さんとのトーク〈小説はどこから来たのか、小説は何者か、小説はどこへ行くのか〉に出演。江藤さんがみずから執筆し出版した『すべてのことばが起こりますように』(プレコ書房)と、ぼくが編集した髙田友季子小説集『ゼリーのようなくらげ』(サウダージ・ブックス)の刊行記念のイベントだ。
文芸出版のオルタナティブとは何か。いわゆる「五大文芸誌」の新人賞からデビューし、雑誌の発行元である大手出版社から単行本を刊行する従来の流れとは違う、新しい文芸出版のシーンが生まれつつあるのではないか。こんな問題意識から、江藤さんと楽しく文学談義をした。
小説集『すべてのことばが起こりますように』は、南米のマジックリアリズム文学や、デイヴィッド・リンチ映画のファンは好きだと思う。江藤さんはコーマック・マッカーシーの小説を愛読していると言っていた。
10月某日 今年のノーベル文学賞受賞者はハンガリーの作家クラスナホルカイ・ラースローに決まった。京都を舞台にした幻想小説『北は山、南は湖、西は道、東は川』の日本語版(早稲田みか訳)が松籟社から刊行されている。すでに版元品切れで入手が難しそうだが、読んでみたい。
インターネットでラースローの情報を検索していたら、芥川賞作家の松永K三蔵さんが松井太郎文学に注目し、「めちゃくちゃおもしろいし、ほんと凄まじい」と評しているSNSの投稿を見つけた。ぼくも敬愛するブラジル日本人作家の松井太郎さん(1917~2017)の小説集がラースローの本と同じ松籟社から出版されているのだ(『うつろ舟』『遠い声』)。松永さんは、次作のために日経移民の歴史を調べているという。『バリ山行』(講談社)など、松永さんの小説も読んでみたい。
10月某日 三重・津のひびうた文化協会で「ともにいるための作文講座」を開催。試みとして、チン・ウニョン&キム・ギョンヒ『文学カウンセリング入門』(吉川凪訳、黒鳥社)の中で紹介されている「全力疾走で書く」というワークショップを講座用にアレンジして実践してみた。参加者それぞれに思いがけない発見があったようで、手応えあり。
10月某日 台湾文学と韓国文学の本が届いた。白先勇『台北人』(山口守訳、岩波文庫)、イ・ラン『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』(斎藤真理子・浜辺ふう訳、河出書房新社)、ハン・ガン『かみなりせんにょといなづませんにょ』(斎藤真理子訳、小峰書店)。大学で東アジアの翻訳文学を読む授業をしているのでいずれ紹介するつもり。いまは、天野健太郎さんが翻訳した台湾の作家・呉明益の小説を学生とともに読んでいる。
10月某日 壺井栄の短編集『絣の着物』、在日朝鮮人作家・金泰生の名著の改訂新装版『私の日本地図』『旅人伝説』が届いた。いずれも琥珀書房のすばらしい復刊企画。なかでも1945年に北京で発行され、長く所在が不明だった壺井栄の作品の発見はメディアでも報道され、大きな話題になった。
10月某日 三重・津のブックハウスひびうたで自分が主宰する自主読書ゼミにオンラインで参加。課題図書は竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』(ちくま文庫)の「からだとの出会い」。同じひびうたで開催中、「ともにいるための作文講座」の受講生である小川咲さんの作品が、「コトノハなごや」という短編文芸賞で入選20作にノミネートされたという。入賞作の選考はこれからとのことだが、うれしいお知らせだった。小川さん、おめでとうございます!
10月某日 資料調査のために横浜市立図書館へ出かけたついでに足を伸ばし、東京へ。神保町の「読書人隣り」という会場で開催中の産直ブックフェアをのぞきに行った。たくさん出版関係者とおしゃべりしつつ、文芸評論家の宮崎智之さんらのユニット・平熱書店のブースを訪問。『随風02』に話題のエッセイ「豊橋転覆」を寄稿している杉森仁香さんの小説『死期か、これが』を購入し、帰路の電車で読む。「死」をテーマにしたさまざまな人物への聞き書きを短い物語として描く実話小説風の連作。うまい!と思ったのは「軌道上に響く音」。好きだな!と思ったのは「海の祈り」。落ち着いたトーンの語りが味わい深く、また読み返したい。
10月某日 雨のハロウィン。学校での会議の合間に機械書房へ。店主の岸波龍さんといろいろと文学談義。機械書房が発行する小さな本、みーらさん&若松沙織さん&岸波龍さんの共著『中原昌也トリビュート』がおもしろかった。この日は、やはり『随風02』の寄稿者である作家・吉田棒一さんの短編集(小説とエッセイ)『イ・ジンターネット』を購入。これから読むところ。