水牛的読書日記2022年10月

アサノタカオ

10月某日 詩人のぱくきょんみさんとアーティストの野原かおりさんによる詩画集『あの夏の砂つぶが』(shibira)が届く。表紙を含めて16ページの冊子だが、ちいさな本のなかに深淵がぽっかり口を開けている。ぱくきょんみさんからの、新しい活動に向けたうれしいお知らせも添えられていた。

10月某日 大学の授業で知的書評合戦「ビブリオバトル」を開催してみた。学生たちが選んだ「一番読みたくなった本=チャンプ本」は同点で以下の2作。

小川糸『ライオンのおやつ 』(ポプラ文庫)
辰濃和男『文章のみがき方』 (岩波新書)

小説と実用書。若い人たちの読書傾向に、なるほどと思う。ビブリオバトルの後に僕から紹介したのは、9月に刊行された温又柔編・解説『李良枝セレクション』(白水社)。自分が『李良枝全集』(講談社)に出会ったのが、30年近く前の大学生の頃だった。李良枝の小説を読むことで、世界をみる目が一変した。読む前の自分には戻れないほどの衝撃を受けた。今すぐにでなくとも、いつか読んでもらえるといいな。

10月某日 雨の神奈川・大船。ポルベニールブックストアで韓国の作家キム・エランの小説集『ひこうき雲』(古川綾子訳、亜紀書房)を購入。棚の前で本を手にとってみると、雨の日に買って読むのがふさわしいような気がした。亜紀書房からは「キム・エランの本」というシリーズが刊行されるようでファンとしてはうれしい。

10月某日 東京駅から特急ひたちに乗車。はじめて訪れる茨城・ひたちなかのJR勝田駅で降り、見渡す限り広がるさつま芋畑へ。ひたちなかは干し芋の一大生産地として知られ、あたりには太平洋から流れ込む湿気がうっすらと漂っている。この畑では「玉豊」という品種を栽培。生産者にお話をうかがい、良質な干し芋の加工製造は、想像以上に手仕事によるものということをはじめて知った。

直売所では「冷やし焼き芋」なるものを販売している。スタッフの方から焼き芋は冷やした方が甘く感じますよ〜とすすめられて、「あつあつ」と「ひやひや」を食べ比べてみると、うん、たしかに。家族へのお土産で買った干し芋はあっというまになくなった。

10月某日 まだほの暗い早朝、自宅を出発。東京駅からこんどは新幹線あさまに乗車し、長野の白馬へ。何年ぶりだろうか。ひさしぶりのJR長野駅で降りると、ひんやりとした空気が気持ちいい。そこからレンタカーでドライブ。山間の限られた土地で、それゆえに創意工夫を凝らして農と食の仕事に取り組む人びとに出会った。農家カフェで、おいしい秋のおこわとけんちん汁定食をいただいた。お腹も心もあたたまる。

食後は、枝豆ミルクのジェラートも。ほんとうは1日3食豆だけを食べたい豆好きの自分には、粗めに砕いた枝豆の食感と風味がたまらない。駐車場からうっすらと雲のかかる白馬岳をながめながる。

10月某日 取材行の道中で、「積ん読」のままだった韓国文学の翻訳3冊を一気に読了。歴史をテーマにした小説やSFなど、描かれる世界は一見「現実」離れしているようにも思えるが、物語の芯には自分たちが生きる「いま」と強く響きあうものがあった。韓国文学の底力、文学の底力にあらためて感じ入った。

キム・スム『さすらう地』(岡裕美訳、姜信子解説、新泉社)
チョン・セラン『地球でハナだけ』(すんみ訳、亜紀書房)
ぺ・ミョンフン『タワー』(斎藤真理子訳、河出書房新社)

ぺ・ミョンフンのSF『タワー』所収の「広場の阿弥陀仏」が忘れがたい印象を心に残す。物語の説明は省略するが、舞台となる「タワー」の321階の窓を突き破った象のアミタブに心のなかで合掌しつつ、チョン・ミョングァン『鯨』(斎藤真理子訳、晶文社)の最後のシーンをぼんやりと思い出した。ある種の韓国文学において、「オツベルと象」を彷彿させる象たちが空を飛ぶのはなぜだろう。

10月某日 サウダージ・ブックスは、代表(妻)と自分の2名で有限責任事業組合を設立してから10年目。その前の個人活動としての出発点は、ある写真展でのパンフレットの編集制作だったことを思い出した。いろいろなことがあった。そしていま、10年目にふさわしい転機が訪れている。

出版点数も少ないし、活動規模も小さいが、振り返ればほんとうに多くの方々に支えられてきた。《小さな声を伝えること》を大切にして、これからも仲間とともに愉快な本作りをしていこう。

10月某日 朝、慌ただしく自宅を飛び出して小田原駅から新幹線に乗車し、大阪へ。道中では哲学者・三木那由他さんのエッセイ集『言葉の展望台』(講談社)の読書。うちの高校生が三木さんの『会話を哲学する』(光文社新書)を読んでいるらしく、その影響で。コミュニケーションをめぐる哲学的考察を綴るエッセイはどれも興味深く、「私」を抜きにしない語りの切実さに打たれる。よい本だった。

秋晴れの週末、KITAKAGAYA FLEA 2022 AUTUMN & ASIA BOOK MARKET にサウダージ・ブックスとして出店。今回は京都発の新しい出版社ハザ(Haza)のスタッフに販売を手伝ってもらい、ハザのチラシも配った。新型コロナウイルス禍以降、ようやく全国的に集会や移動の行動制限がなくなり、大勢の来場者でにぎわう会場ではうれしい出会い、なつかしい再会がいろいろ。

フードエリアで自家製の天然酵母パンのパイレーツ・ユートピアの野菜フォカッチャ、台湾料理・故郷(クーシャン)の麺線をいただき、高橋和也さん『沖縄の小さな島で本屋をやる』(本と商い ある日、)や、こどもの詩の雑誌『くじら』0号を入手。沖縄の浜比嘉島に移住し、本と商い「ある日、」を開業した高橋さんと挨拶することができてよかった。「自分がやりたかったことが、ひとつひとつできているような気がします」と話す高橋さんの表情がまぶしい。

サウダージ・ブックスのブースでは、先輩の出版社トランジスター・プレスの本も販売したのだが、清岡智比古さん、ミシマショウジさん、佐藤由美子さん、管啓次郎さんの共著の詩集『敷石のパリ』がなかなか好評で、「装丁がいいですね!」と複数のお客さんに言われた。

10月某日 KITAKAGAYA FLEAの初日は午後いったん会場から抜け出し、大阪難波駅から近鉄で三重・津の久居駅へ。ブックハウスひびうたでの自主読書ゼミ「やわらかくひろげる 山尾三省『アニミズムという希望』」全16回の最終回に向かう。

自分が20代の頃から愛読し、偶然の巡り合わせで新装版の編集にかかわった山尾三省の講義録『アニミズムという希望』(野草社)。1年4か月、ブックハウスひびうたに集う仲間とともに、ゆっくり時間をかけて読みつづけ、毎回熱心にことばを交わしてきた。1990年代終わりの沖縄から飛び立った1冊の本の種が、別の時代、別の場所に流れ着き、読者ひとりひとりの心の内で新たな物語が芽生える過程に立ち会った。こういうことは編集者としてはじめての経験で、感無量だ。

三省さんの詩やエッセイにしばしば登場する「三光鳥」、やっぱり気になりますよね〜、と。尾の長いちょっと不思議な姿の鳥。「月(ツキ)日(ヒー)星(ホシ)、ポイポイポイ」と鳴く(ように聞こえるとか聞こえないとか)。三重県の山中で観察したという参加者、「三光鳥」がデザインされた傘を持っているという参加者まで現れて、大いに盛り上がった。これからもさまざまな場所で、「いま」の視点から詩人のことばを読み直す試みが広がっていくことを期待したい。異論・反論も含め、人間と人間、人間と自然の関係について考えるヒントが『アニミズムという希望』という本にはあると思う。

夜ごはんは、みんな大好き久居の《和風れすとれらん》伊勢屋さんのお弁当をいただき、ごちそうさまでした。駅前の旅館に泊まり、翌朝ふたたび大阪へ。道中で、孤伏澤つたゐさんの『浜辺の村でだれかと暮らせば』(ヨモツヘグイニナ)を読む。地方の漁村を舞台に、ある漁師の男と都会からやってきた移住者の交流を描いた小説、おもしろかった。

10月某日 大阪からもどり、休む間もなくふたたび小田原駅経由で新幹線に乗車、静岡・浜松のNPO法人クリエイティブサポートレッツへ。浜松駅前の更地になった松菱百貨店跡地、青空の下の小屋で開催された西川勝さん進行の哲学カフェ「かたりノヴァ」に参加した。テーマは「語り」。「しゃべる」や「話す」に比べると「語る」はどこかかしこまっているのは、なぜだろう。その後、レッツが営む《たけし文化センター連尺町》や《ちまた公民館》を見学。はじめての訪問だったが知人との再会もあり、いろいろな話を聞くことができた。

《NPO法人クリエイティブサポートレッツは、障害や国籍、性差、年齢などあらゆる「ちがい」を乗り越えて人間が本来もっている「生きる力」「自分を表現する力」を見つめていく場を提供し、様々な表現活動を実現するための事業を行い、全ての人々が互いに理解し、分かち合い、共生することのできる社会づくりを行う。特に、知的に障がいのある人が「自分を表現する力」を身につけ、文化的で豊かな人生を送ることの出来る、社会的自立と、その一員として参加できる社会の実現を目指す。そして、知的に障がいのある人も、いきいきと生きていけるまちづくりを行っていく》

——クリエイティブサポートレッツのウェブサイトより
http://cslets.net/

レッツが発行する雑誌や報告書など、カラフルな資料もどっさりもらった。帰路、代表の久保田翠さんの静岡新聞コラム「窓辺」の連載をまとめた冊子『あなたの、ありのままがいい』を読む。すばらしい。

10月某日 金石範先生の最新作「夢の沈んだ『火山島』」『世界』2022年11月号を読む。小説でもありエッセイでもあるような不思議な掌編。が、歴史のなかで語られなかった声を聞き遂げ、書き尽くそうとする金石範文学の意志の力にがつんと打ちのめされる。

10月某日 茨城のり子訳編『新版 韓国現代詩選』(亜紀書房)、ポーラ・ミーハン選詩集『まるで魔法のように』(大野光子ほか訳、思潮社)が届く。どちらも、この冬に大切によみたい青い詩の本。

10月某日 東京都現代美術館で開催されたTOKYO ART BOOK FAIR 2022へ。印刷会社イニュニックのブースで、サウダージ・ブックスの写真集などの本を販売した。3年前に刊行した宮脇慎太郎写真集『霧の子供たち』が好評であっという間に完売、開催3日目に追加納品。ブースでおしゃべりしたイニュニックのスタッフ2人が拙随筆集『読むことの風』を読んでくれて、心のこもった感想を伝えてくれた。そういえば、印刷会社の方から編集や執筆をした本の感想を聞いた経験はあまりなく、なおさらうれしい。

TOKYO ART BOOK FAIR 2022 では、美術館地下のZINE’S MATE のコーナーへ。loneliness books のブースで『百鬼走行 女性怪物行進』日本語訳zine(韓国語原著の絵本がすごい!)、とれたてクラブ『なかよしビッチ生活』(おもしろかった!)を購入。loneliness books 店主の潟見陽さんによると、toさんの『A is OK. vol.1-2』が人気みたい。「トムボーイ」をテーマにした読み応えのある批評系のエッセイzineで僕からもおすすめ。

そのほかに、Sakumag のブースでは、Sakumag Collective『We Act! # 3男性特権について話そう』を購入。市川瑛子さん『これは言葉、そしてあまりにも個人的なヨガのこと』も。イラストなしで言葉だけで綴るヨガのzine、アイデアがおもしろい。

そして写真家の東野翠れんさんが主宰するshushulina publishingのブースでは、町田泰彦さんの『土と土が出会うところ』を。はじめてお名前を聞いた作家、栃木・益子に居を移し「文筆、映像、建築土木作業などを通して、生活のための表現を実践している」という。東野さんから渡されたチラシのテキストを読み、美しい装丁とタイトルに直感的にひかれてページを開くと、そこには風景と記憶とからだが相互浸透するところから生まれるまさに自分好みのことばがあった。「これは!」と思える一冊との出会いはうれしい。そして町田さんのこの本にも「三光鳥」が登場してびっくりした。

10月某日 東京・馬喰町の Kanzan gallery で、前川朋子・宮脇慎太郎写真展「双眸 —四国より—」を鑑賞。以前、大阪の gallery 176 でおこなわれた写真家・木村孝さんによる企画の巡回展。gallery 176 での展示も観たのだが、空間が変わると作品の印象もずいぶん変わる。2日連続で観に行き、在廊していた前川さんからじっくりお話を聞いた。

10月某日 東京・八重洲のK2+Gallery で、渋谷敦志さんのウクライナ写真展「Mind of Winter 2022」を鑑賞。ロシアによるウクライナ侵攻後、8月にキーウを拠点に取材した渋谷さん。正面から横から、近くから少し遠くから撮影した現地の人々の肖像。戦火の風景に象られた一人ひとりの顔に心が釘付けにされる。そこに映し出されているのは「いまここ」という速報的な現実だけではない。かれらの顔を裏打ちする厚みのある人生の時間、人間の時間が写真を通して静かに重く迫ってくる。作品に添えられたキャプションに記された人々の語りを読み、何か応答したいと思うのだが、なかなかことばにならない。いまは心のざわめきにじっと耳をすませる時——。

弾道ミサイル、警報システム、核。これらの軍事用語は、対岸のことばと言えるだろうか。今月は「汚い爆弾」という知りたくもないことばまで覚えさせられた。ここ東アジアでも、戦争の足音は日に日に大きくなっているような気がする。