水牛的読書日記 2024年12月

アサノタカオ

12月某日 文筆家・編集者の仲俣暁生さんによる話題の「軽出版」レーベル・破船房より、待望の書評集『東アジアから読む世界文学--記憶・テクノロジー・想像力』が届く。ハン・ガン、劉慈欣、郝景芳、呉明益といった作家の名前が目次に並んでいて興味を引かれる。特典として、「軽出版者宣言」を含む仲俣さんのエッセイ集『もなかと羊羹』もついてきて、うれしい。

12月某日 こちらも待望の一冊。高田怜央さんの英日バイリンガル詩集『ANAMNESIAC』(paper company)が届く。青い本、デザインが最高にかっこいい。

12月某日 急遽関西に出張することになり、大阪・高槻でブックデザイナーの納谷衣美さんとお茶をしながらゆっくりおしゃべり。本について、人生について。納谷さんの自宅事務所の窓辺には、真っ赤に輝く干し柿がぶらさがっていた。夕方、京都で旅行中の妻と娘と合流し、蹴上でおいしい豆腐料理を食べて森の定宿に家族で投宿。

12月某日 京都滞在2日目、久しぶりに烏丸御池のレティシア書房を訪問。店主の小西徹さんとの会話の中で、サウダージ・ブックスとして進むべき道を教えていただいた。お店では編集グループSUREの本、瀧口夕美さん・黒川創さん『生きる場所をどうつくるか』、映画史家の四方田犬彦さん『志願兵の肖像──映画にみる皇民化運動期の朝鮮と戦後日本』を購入。

『生きる場所をどうつくるか』でインタビューを受けている伏原納知子さんの堺町画廊にも立ち寄る。レティシア書房から歩いて行ける距離。画廊で、野中久行「テラコッタを染める」展を鑑賞し、伏原さんにご挨拶。

12月某日 神奈川・横浜の日本大通りで開催されたブックマーケット「本は港」第4回に2日間出店した。両日とも青空の広がるイベント日和で、昨年より会場が広くなった。来場者は約1000人とのこと。年末のはなやいだ雰囲気の中で、神奈川の出版社や書店のみなさまとともに、サウダージ・ブックスの本や関連書を販売した。今回の目玉商品、チェッコリ書評クラブ『次に読みたいK-BOOK! 小説・エッセイ編』は、韓国書籍専門書店CHEKCCORI(チェッコリ)の佐々木静代さんと企画編集した韓国文学ファンZINE。かなり好評で初日早々に売り切れてしまい、もっと多く用意していればと反省した。

「本は港」では、非常勤講師をしている二松学舎大学の写真部同人誌『模像誌』創刊号も販売。自分のインタビューが掲載されていることもあり、応援したいと考えて。幸いアートや写真関係者の目に留まり、何冊か売れてよかった。会場では、momokeiさんのアートブック『モヤモヤちゃん』を入手。

12月某日 『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(ちくま文庫)の著者で文芸評論家の宮崎智之さんの論考「エッセイを批評する」が『すばる』2025年1月号に掲載され、拙随筆集『小さな声の島』(サウダージ・ブックス)も取り上げてもらった。〈人々から発せられた言葉からも、必ず奥行きを掴もうとする姿勢を忘れないでいる〉と評していただき、身が引き締まる思いだ。

宮崎さんは、日本の随筆史を踏まえつつ現代の作家(小原晩、オルタナ旧市街、友田とん、早乙女ぐりこ、小林えみ〔敬称略〕)の著作を紹介している。エッセイの作者性(オーソリティ)に関する独創的な視点も提示。この論考で紹介されている作品を、冬の間に読むつもり。

12月某日 明星大学で編集論の授業を終えた後の夜、東京・分倍河原駅前のマルジナリア書店へ。書店主でもある小林えみさんの批評エッセイ集『孤独について』(よはく舎)を購入。小林さんの著作では、以前読んだ小説集『かみさまののみもの』(よはく舎)がよかった。

12月某日 近所のくまざわ書店大船店で、戸井田道三『新版 忘れの構造』(ちくま文庫)を見つけて買った。小学生のときからの愛読書でなつかしい。

初版1984年の名著復刊。若松英輔さんの文庫解説「忘却の波をくぐり抜けてよみがえる言葉」がすばらしい。「忘れを問うとは忘れからの新生を問うことである」という視点から、文筆家・戸井田のユニークで不思議な歴史哲学の現代的な意義を論じている。眼鏡をいつもどこかに置き忘れるのはなぜか。こうした日常のエピソードを入り口にして戸井田が語る夢、死者、魂、肉体をめぐる省察を若松さんが読み解くことで、何度も読んで慣れ親しんできたはずの『忘れの構造』が、まあたらしい思想書として復活する光景を目撃したように感じた。

もう一冊の愛読書、戸井田道三『食べることの思想』(筑摩書房)も復刊されるといいなと思う。死別と生誕がとなりあうケアの現場から、食のはじまりに迫る随筆の名作だ。戸井田は少年向けの本を多く執筆した。奥深い思想を、小中学生でもわかるやさしい言葉で語る文章はどれもすばらしい。

12月某日 自宅事務所で仕事をしながら、X(旧Twitter)の音声ライブ「スペース」で、宮崎智之さんが論考「エッセイを批評する」について語るのを聴いた。論考では〈「社会の言葉」「個人の言葉」〉という問いからの展開の中で、拙著『小さな声の島』を解説してもらったのだが、宮崎さんの考えについてより詳しく知ることができた。「スペース」に途中から参加した文筆家の石田月美さんのコメントも含めて興味深い内容だった。石田さんのエッセイ集『まだ、うまく眠れない』(文藝春秋)も読んでみよう。

宮崎さんと今井楓さんによる渋谷のラジオの番組、「BOOK READING CLUB」の12月分のアーカイブもまとめて聴いた。今井さんのエッセイ集『九階のオバケとラジオと文学』(よはく舎)も気になる。

12月某日 世界文学の読書会にオンラインで参加。課題図書は韓国の作家ハン・ガンの小説『菜食主義者』(きむ ふな訳、クオン)。

その韓国から、「大統領が非常戒厳令を宣告した」という衝撃的なニュースが飛び込んできた。反対する議員がすぐさま国会に集結し、軍の突入などがあったものの解除要求決議が全会一致で採択され事態は収束。のちに大統領の弾劾訴追案が可決された。連日、関連する報道を追い続けるなか、『別冊 中くらいの友だち——韓国の味』(韓くに手帖舎)が届く。

12月某日 三重・津のブックハウスひびうたで自分が主宰する自主読書ゼミにオンラインで参加。課題図書は石牟礼道子『苦海浄土』(講談社文庫)の第2章。

12月某日 文化センター・アリランのブックトーク、斎藤真理子さん「在日コリアン翻訳者の群像」をオンラインで視聴。編集グループSUREから出版された、斎藤さんの同題の著作は大変読み応えのある本だったし、トークでも金素雲、許南麒、姜舜など歴代の韓日翻訳者の遺した言葉を紹介してくれてよかった。朝鮮半島の分断の歴史を背負う在日コリアンの世界で、人々が文学を通じてつながりあった事実について、貴重な話を聞くことができた。

12月某日 東京・祖師ヶ谷大蔵駅前の本屋のアンテナショップ+新刊書店 BOOKSHOP TRAVELLER を訪問。主宰の和氣正幸さんもいらっしゃってよかった。オルタナ旧市街さんの『ハーフ・フィクション』を購入。この本と合わせて、オルタナ旧市街さん『踊る幽霊』(柏書房)、『Lost and Found(すべて瞬きのなかに)』(本屋lighthouse)を一挙にまとめ読み。どれもおもしろかったが、『Lost and Found(すべて瞬きのなかに)』が抜群によかった。

12月某日 年内最後の大学出講。「人文学とコミュニケーション」の授業で、復刊されたばかりの作家・片岡義男さんの評論『日本語の外へ』(ちくま文庫)を紹介。日本文学や日本語学を学ぶ受講生が多いので、書店や図書館で手にとってもらえるとうれしい。初版刊行の1997年、ぼく自身が学生時代に熱心に読んだ一冊で、これから世界に飛び立つ若い人たちにバトンを渡すようにすすめたい。

と記して気づいたのだが、今月はちくま文庫の読書率が高いな。

12月某日 清水あすかさんの詩と絵の冊子『空の広場』44号、雪柳あうこさんの詩集『骨を撒く海にて、草々』(思潮社)が届く。

ライター・編集者の南陀楼綾繁さんの新著『書庫をあるく--アーカイブの隠れた魅力』も。先月刊行された南陀楼さんの『「本」とともに地域で生きる』(大正大学出版会)と合わせて、本の場所の歴史と未来を考える上で必読書になるだろう。南陀楼さんはブックマーケット「本は港」の会場にいらっしゃって、サウダージ・ブックスのブースにも立ち寄ってくれた。

12月某日 サウダージ・ブックスとして進むべき道——。来年作る予定の本のシリーズ企画について思案していると、大学生の文筆家・大阿久佳乃さんから季刊の日記zine『Life Itself 生活そのもの』が届いた。湖だろうか、水の景色の写真を用いた表紙。同封の手紙には、サウダージ・ブックスのウェブマガジンで連載中のアメリカ現代詩の翻訳や、大阿久さんがこれから取り組む研究のことが書いてあり、来年も楽しいことをご一緒できればと思った。大阿久さんの著作や活動に、いつも背中を押してもらっている。

連載「大阿久佳乃が翻訳するアメリカ現代詩」をぜひお読みください。最新号では、 フランク・オハラ『ランチ・ポエムズ』の第6回を掲載しています。
https://note.com/saudade_books/n/nd140507623c7

12月某日 やり残した仕事と家事を片付け、2024年最後の読書は南椌椌さんの詩集『ソノヒトカエラズ』(七月堂)を。どの作品もすばらしい。「イムジン河」など、韓国のシンガーソングライター、イ・ランの歌を聴きながら。

と、玄関のポストからコトンと音が聞こえ、また本が届いた。封筒を開けると、在日朝鮮人の詩人・李明淑さんの詩集『望郷』(私家版)。ある人が貸してくださった、大変貴重な資料だ。1年の終わりの日に、心の背筋がすっと伸びた。