柿の木の杖

北村周一

隣りの家には、それは立派な一本の柿の木があった。
南に面した広い庭の西の片すみにその柿の木は植えてあった。
柿の木の種類は次郎柿であったかと思われる。
最初のうちはまだおさな木でなかなか実をつけなかったが、
4、5年してすこしずつ結実するようになった。

隣家の主人はまことに几帳面な男だった。
夏の盛りには朝に晩に水遣りを欠かさなかった。
菜種の油粕も肥料として丹念に撒いていた。
そのかいあってだんだんに収穫量は増えていった。

たくさん穫れたときにはわが家にもお裾分けをいただくことがあった。
甘くて噛むほどに味わいの増すおいしい柿だった。
なんでもチョウジュロー(長寿郎)という品種名がついているらしく、
見るからにとても品のいい甘柿だった。

毎年11月になると、東京に暮らす息子さん一家にも食べてもらおうと、
長寿郎を箱詰めにして送ることを楽しみにしていた。
そんなある日、あんなに見事な柿の木が根元から伐られてなくなっていた。
何があったのだろう。
柿の木に虫でもついたのだろうか。
ほかの庭木に影響が出ないように、手を打ったのかもしれない。
でもそれにしても・・・。

後からわかったのだけれど、どうやら息子さん夫婦からの一言が原因だったようだ。
隣家の主人はほんとうに几帳面な男だった。
しかしながら、それゆえかどうかたまにキレることもあった。
お隣りから、怒鳴り散らす声や、物を壊す音が聞こえてきたりもした。
夫婦仲も決していい状態ではなかった。
あんなに丹精込めて育てていた柿の木を、文字通り一刀両断のもとに無きものにしてしまうなんて。

それから数年して隣家の主人は亡くなった。
母屋を解体するというので、それならと近所のみんなで手分けして、庭の草木を分けてもらうことになった。
物置小屋も片付けていたら、妙に細くて長い杖のようなものが見つかった。
あの柿の木の幹を削りに削ってつくった杖であることが、後でわかった。