背表紙

北村周一

シロアリに食い荒らされしカント本全六冊の重さとかるさ

背表紙は
どこへ消えたの?
三つある
批判書どれも
岩波文庫

純粋も
判断力も
実践も
捨てるほかなく
焚書の如し

たのしみに
取って置きたる
ユリシーズ
全4巻も
打ち捨てにけり

蟻たちの
餌食となりし
失われた
時を求めての
背表紙いずこ

群れにつつ
闇から闇へと
這いまわる
肌いろアリの
生態淫靡

とりどりにならぶ背表紙いまは亡きひとの住まいにみるは切なし

本棚に
のぞく背表紙
おもくあり 
売りに出されし
家の暗さに

遺品数多
残るすまいに
またも来て
雨戸開ければ
二月のひかり

見上げれば
城跡のこる
鳥羽やまの
そらに半月 
九月が終わる

あたらしき
家の南の
そら高く
のぼる月あり
天竜へ来ぬ

せつせつと
ふりこ時計に
身包みを
着せて抱っこの
お引っ越しかな

トクホンを
貼ってくれろと
振り向けば
ぴたりぴたりと
当たりお見事

つかわないと
毀れてしまう
端末の
一部始終は
雲のみが知る

旧き友と出会いし夜にみていたる夢のつづきは苦くもありぬ