長い引っ越し

北村周一

ともどもに
判を押したる
その夜を
寿ぐごとも
聖夜は来たり

ももいろの
気泡のどかに
はじけるを
のみ干しにつつ
燥ぐ一月

恥ずかしくて
とても人には
言えざるを
あの手この手の
母さんが怖い

二十年の
月日をかけて
わが母が
済ませしはずの
長い引っ越し

まなぶたに
あの人までも
あらわれて
賑やかなりぬ
不眠時間は

あのイヤミ
得意のポーズを
決めながら
こころ静かに
寝ねんとするも

うちつけに
叫んでみたり
泣いてみたり
自作自演の
ゆめ醒め遣らず

神経を
病んで夢見に
しのび泣く 
さきゆくひとの
石を踏む音

くらぐらと
まぶたの裏に
見入りたる
目覚めし朝の
ブラックボード

朝起きて
さいしょに開く
一ページ 
測量野帳に
種蒔くごとし

日に五たび
根深き闇に
立ち向かう
ごともハブラシ
動かしており

持ち主なき
しじまに向けて
放たるる
音符はなべて
目的格なし

幾重にも
走る細道
さみしきに
萎えにけるらし
性なるみちは

米国産
豚バラ肉の
脂身の
みごとなるさま
星条旗のごとし

古典から
すこし外れて
泳ぎわたる
マティスみたいな
絵の終わり方

おわらいと
食と旅とに
生きのびる
テレビ画面に
消えゆくわれら

パーティの紙皿寒し名刺飛び 冬の星座は大きく動く