長い電話

北村周一

旧き友と出会いたるのちひとり見る
 夢のつづきは穏やかならず

友ありて語り合いたるその夜の
 夢の真なかにきみがいること

なつかしき声と声とに語り合う
 ふるきよき日は夢を出ずなり

いまはなき人の声する夢のあと 
 夜が明けたらドクダミを抜く

よみの世の声と交わるみずからの
 声音おそろし夢見て泣きぬ

不穏なる声におどろく夢ながら
 目覚めては泣く夜の恥さしさ

たれにとなくひとり語らう夜々のありて
 夢また夢の明けの悔しさ

懐かしき声にかたらうよろこびは
 夢の中ではだれも死なない

寝ては覚め醒めては眠るあかときの 
 夢のかずだけ守る沈黙

旧き友とつながり合って過ごす夜の
 長い電話はよふかし上手

朝一番でんわの声はペンネイム
 水沢パセリの早言はやさし

ふる雨に電話ボックス濡れながら
 会話しており水中花ひとつ

いもうとの電話の声は猛猛し 
 蜜柑がひとつ卓上にあり

おとうとの冷めたる声は遠遠し 
 われらそろそろ冬支度なり

ふいの死のおもみをはかり損ねつつ
 もどす受話器の意外な重さ

トーストゆとろけるチーズは蕩け落ち
 受話器をとれば弁護士の声

スではなくシオだと電話の声はいう 
 ハチミツ屋さんの九州訛り

親機鳴り子機が鳴りして春の昼 
 カネの無心をわが子のごとし

穏やかないちにちだったと思いたい
 親機が鳴って子機が鳴るとき