私たち老人は、コロナに閉じ込められてしまった。
家から出られないのである。外出禁止令が発せられた。不必要な外出は、切符をきられるらしい。釣りの仲間に聞いたら、小さな湖にでかけて、友人とかたまって釣りをしていた人間が、四百ドルの罰金を払わされたとのこと。
どこにも立ち寄らないなら、人が集まっているとこに行かないなら、出会う人と二メートル以上はなれているなら、外に出ても、散歩してもいいらしい。しかし「人が集まっているところに近づかないなら」と言っても、そんなものはもうない。
人の集まる場所、この辺のカフェとかレストランは、すべて州政府の命令で閉鎖されてしまった。人の集まるところではコロナが広がる。でもスーパーとか食料品店は開いている。私たちは、人がいてキケンだからそこにも行きません。オンラインで注文したり、電話で注文したりする。クルマで店の前まで行けば、店の人が、食品の入ったダンボール箱をトランクに運び入れてくれる。そういう段取りをした。
私たち七四歳と七七歳のカップルで、ふだんはあまり老人だとは思わない。でも老人はコロナにやられないように、家から出ないでじっとしていろ。とテレビもインターネットも脅しをかけてくる。老人はコロナ・ヴィールスに取りつかれると、重症化する可能性があるからね。死ぬかもしれない。
ロシアに住んでいる息子は、私のことを老人扱いしたり健康を心配したりはしない。でも今回は、心配しているらしい。近所の若い人も、必要であれば私たちが食料品の買いだしに行きますから、とこれもやさしいのである。戦時下の隣組です。
そうかワレワレは老人なんだ。コロナに狙われているんだね。
もともとコロナのことを、水牛通信で書くつもりはなかった。「イシ、道元に会う」というのを、書くはずであった。本棚には、一年に一回とか数年に一回、かならず手にとって読む本がある。イシもそうだし、道元の本もそうである。たとえば道元の「典座(てんぞ)教訓」と、イシに関するIshi the Last Yahi – A Documentary Hisoryかな。「典座教訓」には、僧院の料理人の心構えと料理の実際、それに仏教について書いてある。Ishi the Last Yahi はイシが発見されたころのメディアの反応と、イシを囲む人々のドキュメンタリーである。道元は天才だが、イシも天才だと思う。バークレー・キャンパスのクローバー人類学博物館に、イシの作った日常品(カゴその他)が展示してある。素晴らしく美しい。それを見た瞬間、イシは特別な人なんだなと思った。特別の人だったから、それを助けた人々(バークレーのクローバー教授とかウォーターマン)は、すっかりイシの魅力にのみ込まれてしまった。イシには、自分の部族と家族を全部殺してしまったた白人に対して寛容の精神がある。
ところがコロナの大騒ぎで、まっすぐに座禅に向かう道元どころではないし、部族が全部殺されて生き残ったイシについて、白人に対する許しと仏教があるように思うが、それらを書く気分にはなれない。
テレビとインターネットで、いまのコロナはどうなっているかを見ていた。時間ごとにいろいろと新しいことが起こっている。アメリカ中が、カリフォルニア中が一つのことに向かっている。ひとつの内容をひとつの方法(テレビ)で繰り返し見せている。方法と内容が一つで、一つの方向に向かうことは、ファシズムのような気がするなあ。トランプも進歩的メディアも、少し時差があるのだが、同じことを言っている。だからどうだと言うの?事実なんだからしょうがない。それで私たちは、インターネットもテレビもやめた。洗脳されそうだから。しかし外出もできない。
まず音楽を聞くことに決める。キース・ジャレットのピアノ・トリオなんかいい。「マッカーサーと天皇のどちらが偉い?」(岩波書店 2011)を書いていたとき、これを繰り返して聞いていた。ときどきはモーツアルトのピアノ協奏曲。これなんか高校時代から聞いているから、オーケストラとかピアノといっしょに旋律を歌うことができる。グローバー・ワシントンの軽くスイングするテナーも、この時代にはいい。親父に教わった。親父は学生に教わったそうだ。
アコースティック・ギターも弾く。でも下手なんだ。このごろはエレクトリック・ギターで、ごく最近エレクトリック・ベースを手に入れた。音が大きいので、妻がいないときだけ。
もう一つは、コロナ騒ぎ最中の仕事部屋の片付け。すでにたくさんのものを捨てた。ここに住んで長いけど、いつか使うから取っておこうとか、懐かしいから大事にしまっておいたものも、どんどん捨てた。GoodWillにも持っていったが、本当にずいぶんと捨てた。息子の海太郎が、私の死んだあとに残ったガラクタを整理するのはかわいそうだからね。だいたい私の未来が、どれだけあるか分からないでしょ。過去の思い出なんか、持っている必要はなし。忘れてしまってかまわない。
食べ物にかんしてはあまり楽しくない。私は毎日あるいは数日おきの食料品の買い出しが好きで、スーパーでどさっと買い込み、いくつもの紙袋をクルマに積み込むのは好きではない。いつも散歩で行く近くの小さな食料品店Yasai(ヤサイ)も閉まってしまった。でもさっきYasaiに電話をしたら、Textで買い物リストを送ったら準備しておいてくれて、店の前までクルマで行けば、ダンボール箱をトランクに運び入れてくれるそうだ。三十年のカスタマーで、いつもお金を払いながらナンダカンダと話す、顔と名前を知られているKenjiだから特別なのかと思ったら、残念ながら誰にでもそうしているとのこと。
あとはすでに買い込んだ冷凍食品、自分で冷凍した食品、缶詰とお米もたくさんあるからダイジョウブ。そのうえ週に三日間はディナーを配達してくれる会社と契約しているしね。老人としてコロナに閉じ込められても、たべものはある。買い出しにいかなくても、何週間かは生き延びられるよ。
でも釣りに行きたい。フライフィッシングのキャスティング(ロッドでフライを投げること)が好きなのは、まず後ろに投げて、それから前に投げるから。後ろにちゃんと投げないと、前に投げられない。これがいい。
いまはシングルハンド(片手で投げる)ではなくて、ダブルハンドをやっている。ダブルハンドは力を入れてはだめで、両手を梃子(てこ)のように使って、かる〜く投げるのがプロですよ。でも妻いわく、釣り場にいったら、友人に会う機会があるでしょ。コロナが飛んでいます。ダメです、家でじっとしていなさい。と言う。
彼女が特に注意深いのは、一年半前にガンの手術をして、放射線治療も化学療法もして(これはいまも続いている)、体が十分に回復していないから。ここにコロナがとりついたら大変、私がコロナになっても一緒に暮らしているのだから、彼女にうつる可能性が高い。だから結婚三五年、いまは対コロナで団結してます。
音楽に戻れば、音楽のいいところは、今だということだね。過去でもない、未来でもない。二百五十年ほどまえのモーツアルトが、いまの瞬間を作り出してくれる。その瞬間に入って時間の経過を音で経験すれば、コロナなんかなんともない。お酒の好きな人は、お酒もいいかもしれない。マリワナの好きな人は、マリワナもいいのかな、日本だと大犯罪みたいだけど。カリフォルニアだったら、たいしたことはない。もっとも私は、マリワナもお酒もだめです。偏頭痛がおこる可能性があるから。あれは嫌なものだ。
毎日、二回は座禅をすること。それにせっせと音楽を聞くこと。座禅は宗教とは関係ない。音楽は毎日の作業で芸術とは関係ない。この二つで、コロナに対している。(二〇二〇年三月二三日)
追記1(三月二四日}
CNNニュースの健康ページに、「結婚生活がコロナから生き延びられるかな?」というのがあった。夫婦で、コロナヴィールスについての考え方が違うかもしれない。コロナにどう対応するか、日常の生き方がそれぞれ違う。それに外出禁止令なので、夫婦がいっしょに家にいないといけない。これは結婚の試練です。
追記2(三月二四日}
LAタイムスによれば、LAのガン・ストアーは、全部閉じることを命令されたらしい。昨日のニュースに、ガン・ストアーの前に人が並んで待っている写真があった。今のうちにガンを買って防衛したほうがいい。ということらしい。今日、LAのガン・ストアーは全部営業停止。
追記3(三月二五日}
コロナ用のマスクに色んなものがある。私の息子の一人は緊急治療室の医者で、マスクは医者個人で用意する。それで頭から顔全体から首までおおう、大きなプラステックのマスクを買って送った。個人で自分を守らないといけない。SF映画みたいなマスクを見て、患者は驚くだろうなあ。
追記4(三月二七日)
金持ちは、ニューヨークを脱出した。ゴーストタウンと化したサンフランシスコ。
https://www.facebook.com/watch/?v=213086639906108
追記5(三月二八日)
パリからのメールによれば、パリの金持ちも脱出したらしい。
追記6(三月二九日)
https://vimeo.com/399733860?ref=em-v-share
このビデオはコロナについて教えてくれる。外では人に二メートル以内に近づかない。帰ってきたら、手を消毒剤と石けんで洗う。顔を手で触らない。目、ハナ、口からヴィールスが体にはいるから。空気伝染の可能性は極めて少ない。街でのマスクは役に立たない。ただしマスクをしていれば手で顔をさわれないから、そういう意味ではいい。
追記7(三月三一日)
握手もせずハグもせず。その代わりに、腕をたたんで肘を突き出し、お互いに肘で突きあう。これがこの数週間の新しい挨拶です。ペンス副大統領も、ヒラリーもやっています。
https://www.youtube.com/watch?v=Ma9T91pbz_Q&feature=youtu.be