むもーままめ(18)鎌倉で石を買うの巻

工藤あかね

10年ほど前になるだろうか。
ある朝、夫が私に尋ねた。
「今日の予定は?」
わたしが「あるといえばあるけど、出かけなければいけない用事はない」と答えると、
鎌倉の先の美術館に行かないか、と言う。

遠足気分で行くのも悪くないし、
何よりその展示には興味があったので
二つ返事でOKし、その日は急遽の遠出になった。

鎌倉駅に着き、鳩サブレのお店などを横目に観ながら、
にぎやかな通りに入って進んだ。
程なくして、夫がぴたっと足を止めた。
ある店の中を食い入るようにじっと眺めている。

石を売っているお店だった。

夫が中に入ると言う。
まあ、眺めるだけなら良いかと思い、
夫のあとに続いて私も店に入った。

店内には、宝石の原石や、隕石やら、
ありとあらゆる石が展示してあった。
夫は隕石を食い入るように見つめ、指で持ち上げた。
「重い!!すごいよ、すごい、重い!!!」
完全に小学生男子のリアクションである。

冷ややかに眺めつつ、
少しくらいは付き合ってやらないと哀れだと思い、
私も石をつまみ上げた。

「重っ!!なにこれ、重い!!」

店員さんがニヤッとしたような気がした。
みんなそうやって騒ぐのだろうね。

しばらくすると、夫はかごを手に取り、なにやら石を選び始めた。
買う気か?これからしばらく歩いて、美術館に行くのに?
帰りも鎌倉から1時間半以上かかるのに?

夫は完全に小学生に戻っていたので、もう誰にも止められない。
いくつかの石をカゴに入れて、

「欲しいのあったら買うよ?」ときた。

半分頭にきていたが、石も一つ一つ見てみると、
実に個性がはっきりしていて、良いものに見えてくる。
お店の人も、「あー、これいいね」
「わー、これもいいね」とか言いながら仕入れているのだろうか。

なんとなく雰囲気に乗せられて、
結局アメジストの原石をカゴに入れた。

会計を済ますと、
結構なお値段と、結構な重さになっていた。
一袋では重すぎるし下手をすれば破けるレベルだったので、
袋は2つに分けてもらった。

ばかだ。完全にばかだ。
これからお昼ご飯を食べて、美術館に行って、
もしかしたら夕食も食べて、
電車に長々と揺られて帰るのに。
電車が混んでいて座れないかもしれないのに。
旅の序盤で大量に石を買うって、
どういう了見なのか。

鎌倉駅で帰りの電車を待つ間、
大量の石を持ってホームに佇んでいる私たちって一体…。
夫は自分の責任で買ったので、重いほうの袋を嬉々と持ったまま
その日の小旅行を終えたのだった。

それから幾星霜。

その時に買った石のいくつかは、
引越しの際に夫に言わずにこっそり処分してしまった。
それでも、いくつかの石はなぜか今も飾っている。
本当は寝室とか玄関先に、謎の石なんて置きたくないんだけど。