むもーままめ(7)愛しのバスボタンの巻

工藤あかね

 カドがころんとまあるくて黄色いボディ、下っ腹はオレンジ色。お顔は暗い紫がかった紺で、お腹を押すとぽっと赤い文字が浮かぶ。意外にも上下あるいは左右がネジ止めになっていて、それを隠そうともしない素朴さがまたいい。ああ、愛しのバスボタン!!どうして、あんなに人が押したくなる形状をしているのか。ああもう、罪、罪、罪すぎる。デザイナー出てこい!(お友達になってください…。)飽くことなく何度でも、降りる用事がなくても押すことができたなら、どんなに良いだろう。ピンポーン!!「次、とまります」ピンポーン!!「次、とまります」ピンポーン!!「次、とまります」…。

 路線バスの降車ボタンが好きだ。私が一番愛しているボタンは株式会社オージのメモリーチャイムの子ランプWS-260Sである。下っ腹のど真ん中がぷっくり膨らんでいるWS-280〜282も悪くはないのだが、いかにも押して欲しそうな空気を醸し出していているのがちょっとだけ気に食わない。WS-260Sの、何にも媚びず、かつ誤作動も恐れず張り出しているところにときめく。いちおう大人なので、バスのボタンを心ゆくまで押しまくるという夢はいまさら叶いそうにはない。だからWS260Sのバスボタンを模したおもちゃがあると知った時には、飛びついて買った。対象年齢3歳以上と書いてあって、多分その年頃の子どもをターゲットにした商品だろう。けれど私だって3歳以上であることは間違いないので、堂々とピンポンピンポン押しまくっている。気が滅入った時、気分を変えたい時、バスに乗った気分だけ味わいたい時などに最適である。運転士さんに迷惑をかけずに好きなだけ押し放題だし、とにかく商品としての満足度はかなり高かった。けれど、やはり本物のバスボタンの魅力には抗えない。
 夕暮れ時、窓ガラスに水滴が斜めに矢を描くとき、桜の時期に桃色の花びらが舞い散る中を進むとき、誰かがポチッとボタンを押すと、バスのそこかしこに設置されたボタンが一斉に朱く色づく。特に終バス。誰も何も言わないしんとした車内に、ピンポーン!!と鳴り響き、「とまります」と文字が浮かび上がる瞬間に、ちょっときゅんとしないだろうか。

 バスのボタンには、縦型もあれば横型もあれば、外側が張り出しボタン部分が少し凹んでいたり、真ん中に仕切りがあったりと色々なタイプがある。誤作動を避けたり、ユニバーサルデザインになっていたり、結構細かく工夫がされているものだ。それらが、設置されるべき場所にしっかりネジ止めされているのを見ると、おもわず記念に写真を撮りたくなってしまう。あるときなど、始発停留所で意気揚々とバスに乗り込み、発車前にバスのボタンの写真を夢中で撮りまくっていたら、運転士さんが「そろそろ出発してもよろしいでしょうか〜?」と。他に誰も乗客はいなかったけれど、あの時は申し訳ないことをした。
 私は絶対にバスのボタンを押したい方なので、降りるバス停の一つ前からボタンの中央に指を置き、誰がライバルかを見極めるために目を皿のようにして車内を見張っている。そもそもバスのボタンはさまざまなところに設置されている。車内が混雑している時でも押せるよう、天井から設置されたバーに隠しボタンのように設置されているタイプは、立ち上がった大人が手を伸ばさないと届かないし、よほどの混雑時でないとわざわざ押しに行く人がいないからライバルは少なめ。座席横の上窓と下窓の間に横型でついているものは、ボタン押しのライバルがいたとしても、手の動きに距離が出るから認識しやすい。座席周辺の手すりに設置されているボタンもライバルがいるかどうかは体の動きで察知できる。ところが座った人しか届かない場所にあるボタンは、小さな動きで押されてしまう場合がある。これは大いに問題で、座席利用者の腿のあたりに低く設置されているタイプは特にやっかいだ。降りるそぶりも見せなかった乗客がさりげなくボタンを押してしまって、先を越されてしまったことがある。私も時間に余裕があるときは次のバス停のバスボタンを狙って乗り過ごしピンポーン!!「次、とまります」を頂戴する場合もあるのだが、さほど暇ではない時に降りたいバス停のボタンをとられてしまった時は、悔しいのなんの。朝の情報番組で毎日「今日は何座が一位です!!」とか星座占いが流れているけれど、そんなのよりもバスのボタンが押せれば、私にとっては占いで太鼓判を押してもらうよりも、よほど幸先がいい。

 こんな話をすると、「コロナの時代だから、ちょうど降りたいところでかわりにボタンを押してくれる人が現れればラッキーなのでは」と言われたことがある。たしかに一理ある。けれど、私はアルコール消毒液を持って歩いているから、ボタンを押す前と押した後に除菌すれば良いだけだ。コロナ禍だからといってバスボタン押しのライバルが諦めてくれればその方がありがたいくらいなのだが、今のところあまりライバルが減った感じがしない。ひょっとして、みんな私に負けず劣らず、バスボタンを押すのが好きだったりして。