話の話 第19話:お金の話

戸田昌子

我が家にも新札がやってきた。なんとなく安っぽくてダサい感じがするのは、新しいデザインに慣れていないからなので、仕方がない。旧札が導入されたのは1985年なのだそうで、その時のことははっきりと覚えているが、安っぽくてとてもじゃないけどお金に見えない、と不満を持ったのを覚えている。それもいつしか慣れてゆき、聖徳太子の千円札がむしろ古めかしく感じるようになっていったことだって覚えている。なにしろわたしは岩倉具視の500円札すら記憶にあるのだ! と、娘にマウントを取ってみるが、全然通じない。500円玉が現れたときは、こんな高額コイン、落としたらどうすんねん、と不安に思ったものだった(それは今でも変わらない)。

しかし、旧札と新札が入り混じっている今は、まだまだ紛らわしくて違和感がある。特に千円札の奴! 北里柴三郎だかなんだか知らないが、とても偉そうな風貌なので、つい五千円札だと思い込んでしまい、「3890円です」と言われたので新千円札を出し「これでお願いします」と言ったら、店員が固まっている。あれ? と思ってよく見たら千円札。あわてて「あっ、すみません……これ、千円札でしたね!」とわざとらしく騒いでしまう。

お金っていうのは、あったらあっただけ、消えてしまうものだ。学費の支払いのためにかき集めた100万円を見つけた娘が「うちってお金ないわけじゃないんだね」などと言うので、「あのね、お金ってのはね、とどまらないのよ。もうね、右から左へ、こう、する〜っと」とわたしが身振り手振りをまじえて言ったらば、「ああ、流しそうめん」と娘が応じる。そこでついわたしも悪ノリして、「あら、いいこと言うわね。あのね、お金はハナクソと一緒でね、溜め込んだら臭くなるのよ」などと言うと「例えが最悪だな」と冷たい目で見られた。

だいたい、むかしから同じようなことを言ってはいるような気がする。これは7歳くらいのときのわたしと娘の会話。

娘「わたしを愛してないの!」
わたし「娘ちゃん、愛っていうのはね、一方的にもらうとかあげるとかじゃないの、お金と一緒で、世の中をぐるぐるまわっているわけ。だから、いわば経済なわけね。だから……」
娘「わたしに何か悪い事を教えようとしてるでしょ!」

娘、なかなか鋭い。でもね、娘ちゃん、いまでもお母さんは思うのだけど、お金と愛には深〜い関係があるんですよ。だって、命かけて愛した男なのに、そいつが手切れ金をよこしたとたんに気持ちが冷めますでしょう。井上靖『河口』には、手切れ金の封筒の厚みで女の気持ちがあっさりと萎えた様子を見てとった男が、手切れ金をなぜか値上げしていく場面が描かれてありますが、愛を終わらせるには、やはりお金なのです。

そんなことをぶつぶつ言っていると、娘が

「ねぇ、お金には目が無いのに、どうして羽はついてるの?」

などと言う。確かに、お金には目がないのに、羽はついていて、ヒラヒラとあっさりどこかへ行ってしまいますね。それでも我々は幸運にも生活が立ち行かなくなるというほどではなくて、なんとか誤魔化しながら暮らしている。

じっさい、当方はこんないい加減な人間だけれど、わたしの両親ははるかに堅実な暮らしを営んだ人たちで、6人の子どもを全員、大学まで出したのである。その代わり、お小遣いはもらったことがないし、家族旅行もしたことがないし、洋服はいつだって親戚や友人たちのお下がりだったし、美容室や床屋に行かせてもらったこともないし、外食の経験もほぼゼロである。ある意味で世間知らずだったので、わたしが高校生になって蕎麦屋でバイトを始めたとき、お客さんに「おてもと」を下さい、と言われてそれが何かよくわからず、お手拭きを持って行ってしまったことがある。しかし貧乏暮らしではあったものの、貧乏くさくはなかったようだ。必要なことには両親は金を惜しまなかったし、趣味の音楽には思い切った出費をしていたから。父が結婚したころに買ったフルトヴェングラーのベートーベン交響曲LP12枚組は、当時のサラリーマンの月収に相当するほどの額だったはずだが、そういうものには金をつぎこんでいた。ピアノはいつも家に2台以上あったし、高額なステレオセットもあった。たまに毎月の食費が足りなくなって、子どもたちが大事に溜め込んでいたお年玉が徴収されることさえあったことを思い出せば、手周り不如意なことと、生活そのもののギャップはなかなかすごかった、と言える。

小遣いがもらえないことを納得していたわけではない。小遣いがないから、もちろん買い食いもできないし、そのことへの不満はあった。それだからちょこちょこと、親の財布から小銭をくすねるのである。それで買うのはせいぜい駄菓子に過ぎないのだけれど、たまに贅沢をして、バーガー屋のポテトフライの一番小さいのを買って、妹と一本ずつ数えながら食べたりもした。もちろんしまいにはバレてこっぴどく叱られる。ただ、そうしたことはこのくらいの年齢の子どもにはよくあることで、他の兄弟たちもしばしば同じことをやり、順繰りに叱られていた。年中行事みたいなものであった。

そんなふうだから、自分の子どもに小遣いをやることが、わたしはどうしても嫌だった。「働かざるもの食うべからず」と言われ、家事の手伝いをさんざんしてきたのに小遣いなど貰わなかった自分の気持ちとしては、必要だと言われれば出すけれど、毎月、サラリーマンのように子どもがお金をもらうのには、正当性が全くないと感じたのである。お金が欲しいなら盗みやがれ、わたしが黙って財布から金を自動的に出すと思うな。それがわたしの考えだったが、娘はわたしよりはるかに堅実なのであった。小学生の高学年ごろからメルカリに興味を持って調べ始め、中学生で取引用の銀行口座を作り、わたしの不用品を手に入れてはメルカリで販売して小銭を稼ぐようになった。その商売の元手となるわたしの不用品が、つまり彼女の「小遣い」というわけである。不用品はしばしば高額になることがあるし、転売はそれなりに稼げるものだ。あるときなど、人から100個以上の「おそ松さん」の缶バッチを譲っていただいたことがあって、娘はそれをちみちみと売り続けては日銭稼ぎをしていた。それだから、彼女の財布にはいつだって万札が入っており、無駄金は一切使わない。「だって万札がないと不安じゃない」と彼女は言う。実に堅実である。

やよい「クマさんと一緒にいるのもわるくないやよ。お金のこととか、いろいろ教えてくれるやよ」
わたし「何をクマから習ったの?」
やよい「ふわたり……」

「ともだちはいいもんだ」という歌がある。「友だちはいいもんだ 目と目でものが言えるんだ困った時は力を貸そう 遠慮はいらないいつでもどこでも 君を見てるよ 愛を心に君と歩こう」と、歌詞はだいたいこんな感じなのだが、うちのクマはこんなふうに歌う。

ともだちはいいもんだ
いつでもお金を貸せるんだ
困ったときはお金を貸そう
遠慮はいらない〜 ♪
いつでも〜どこでも〜トイチで貸すよ〜♪

トイチというのは、10日で1割の利子がつくということである。かなりの高利貸である。そうやって友達にいらぬ友情を押し付けたあげく、それを元手に高利貸をし、ケツ毛までむしってやろうというのだから、ひどい話である。

むかしの人は偉かった、と思う。わたしの祖父は友人の借金の保証人になってしまい、借金取りが家まで押しかけてくるようになってしまったので、雲隠れをしてしまった。仕方がないので祖母は一人で5人の子を育てながら和裁を教え、その借金をひとりで返しきった。しかし7、8年ほどトンズラしていた祖父がどこにいたのかと言えば、女のところにいたのである。それも、戦争未亡人という類の人だったらしくて、戦友の最期を報告に行った際に、境遇を憐んだか、わりない仲になったようで、そこに転がり込んでいたのだという。気骨のある祖母は、その女のところに、30万円を握りしめて乗り込んだ。この金で夫を返せというのである。詳しいやりとりがどうだったかは知らないが、祖母は夫を取り戻した。しかし30万円と言えば、現在の貨幣価値に換算すれば、軽く300万ほどの価値にはなろう。相手の女性にも生活があるだろう、働き手の男なしに暮らしていくのは辛かろう、そういった武士の情けだと言えよう。実に男らしい祖母であるが、確かに金は愛を断ち切るための道具なのだ。金で愛が買えるかどうかは知らないが、金は愛をチャラにできる、そういう事例はこの世に数多ある。

知り合いのピアニストが、ピアノの演奏を頼まれ、もらった謝礼の封筒にうっすらとした厚みがあった。「今日の報酬〜」とヒラヒラさせていいた彼女の封筒を、夜の仕事をしている別の女性が指先でぱっと挟んで、「んー、20万円」と瞬時に査定する。開けると、確かに20万円。封筒の厚みは、誠意の厚み。

娘が生まれてまだ半年だったころ、大病をして手術をし、1ヶ月あまり、入院したことがあった。乳幼児の入院には「付き添い入院」と言って、病室に簡易ベッドを持ち込んで、親族の女性が24時間、子どもの面倒をみるというシステムがあり、わたしも1ヶ月あまり、病院で子どもとともに暮らした。四人部屋だったので、親子合計8人が同じ部屋で眠る。大人の食事は出ないので子どもが落ち着いている隙を狙ってコンビニ飯を買いにゆき、急いで喉に流しこむ。風呂と言ってもシャワーで5分入れればいいところで、毎日入るほどの余裕はなかった。夜中には看護師の巡回もあり、術後の子どもは起きたり泣いたりが激しい。付き添いは心身ともに消耗する厳しい仕事だった。それなのに夫は、なぜか怪我をして、術後の子どもの面倒を見る手伝いにはほとんど来なかった。娘の病状を心配するあまり、自宅のトイレの扉に足の親指を挟み込み、爪を剥がす大きな怪我をしてしまったからである。本人も痛い思いをしているのだから、文句を言うわけにもいかないながら、心身の消耗の激しいわたしは、どうしても不機嫌になってしまう。ようやく病院に現れた夫に「もう肩がこっちゃって」と不満を漏らした。すると夫、財布からぺらりと一万円札を抜き出し、わたしの肩にそれをすっと置き、「これで癒される?」と尋ねた。「めっちゃ癒される〜!」と即答するわたし。このことを近隣の病室のママ友たちに話したら、「わたしの肩のコリもそれで癒されたい!」と大絶賛であった。あとで「なんであんなことしたん」と尋ねたら夫「いや……ぼくが下手な肩揉みをするとか、きっとそういうんじゃないかなって思って」とぼそぼそ言っていた。夫、大正解。

確かに、金で解決できることは金で解決するべきなのだ。世には金で解決できないことが山ほどあるのだから。