別腸日記(20)菌食考─その1:タマゴタケ/Amanita Caesareoides

新井卓

(「別腸日記」はそろそろお酒の話の蓄えがなくなってきたので、今後は好きな料理やキノコの話も、折々していこうと思います。あしからず、ご寛恕ください。)

夏の暑熱が目に見えて衰え、弱々しい斜陽に山の緑が色を失うころ、地上に、深紅のかたちがあらわれてくる。森の奥へと点々と続く色鮮やかな球体は、通称「カエサルのキノコ」、すなわちタマゴタケの幼菌である。本菌は長年の憧れだったのが、どういうわけか一度も完全な姿に遭遇したことがなかった。それがつい先週、大阪を発つ日ふと訪れた岩湧山で、タマゴタケの大輪生に出会ったのである。

台風一過、沢山の倒木を踏み越えながら山道を登りはじめてほどなく、あまりにも場違いな鮮烈な紅色が、深い霧を縫って視界に飛び込んできた。はやる気持ちを抑えながら、道を逸れて藪に分け入る。真白い外被膜を破って、つるりとした頭を覗かせたキノコは、つい一、二時間前に花開いたばかりのようだった。その横にひとつ、またひとつ、と、大きさもまちまちなタマゴタケが、ゆるやかな円を描いて森の斜面に並んでいた。堂々と立ち伸びる成菌は霧のしずくに傘を濡らして、深紅から橙色に至るグラデーションを、ジェリー状の皮膜の下に輝かせている。

キノコたちはなぜ、こんなにも燃え立つような色彩を誇るのか──顔料ではとても再現できないスミレ色や、コバルト・ブルーのキノコを目にするたび、生命圏とは決して解きえない謎なのだ、という思いを強くする。

採り尽くさぬよう適度に間隔をとりながら、十か十五も集めただろうか。岩脇山へとつづく尾根に到達するまで、そうした輪生に三度も巡り会った。籠を持ってくるべきだったが、かたちを崩してしまうのを惜しみながら、ひとつひとつ、バックパックに収めていく。こうして、集めたキノコの重みを肩に感じながら歩く山ほど、心躍るものはちょっとない。そしてその喜びは、自らの判断に身をゆだねて収穫物を口に運ぶ緊張を経て、ふたたび、身体の中から立ちのぼってくる。

タマゴタケは生食ができる数少ない菌種のひとつ、であるらしい。翌日、上等のオリーブ油と岩塩、レモンを搾りかけて、薄くスライスした幼菌を口に運んだ。もろく壊れやすい軸は、噛むと思いのほか、ぽくぽくと歯触りがよくまずブルーチーズのような香りが鼻に抜ける。それからわずかにほろ苦い味と、松の実に似た、こくのあるうま味が口の中にひろがった。中甘口の白ワインがよさそうだったが、涼やかな秋の陽の下、はちみつの味がするハイランド・ウイスキーを合わせることにした。

キノコ・スパゲティーのレシピ(2人分)
材料
・野生のキノコ(市販の場合はエノキ、ナメコ、椎茸のミックスがおすすめ)300g
・にんにく 1かけ
・辛口の白ワイン 150cc
・オリーブ油(炒め用)大さじ2
・エキストラ・バージン・オイル 大さじ1
・塩 適量
・胡椒 適量
・乾燥スパゲティー(1.6mmくらいのもの) 2人前

手順
1. フライパンに炒め用のオリーブ油を入れる。刻んだにんにくを入れてから火をつけ、弱火に。
2. にんにくの端がキツネ色になったら、キノコ、塩一つまみを加えて中火で炒める。
3. 鍋に湯を沸かし、ひとつかみの塩を加えてスパゲティをゆで始める。
4. 2のフライパンがにぎやかになってきたら、白ワイン、パスタのゆで汁少々を加えて、炒め合わせる(キノコがくたくたになり、とろみが出るくらいまでしつこく炒めるのがポイント)。塩で味を整える。
5. スパゲティーを味見して、アルデンテより少し固いくらいでざるに上げ、4に加える。
6. ごく弱火にするか、または火を止めて、2分間、麺とソースを天地を返しながらすばやくかき混ぜる。油っこい光沢が消えて全体が乳化したら、器に盛る。
7. エキストラ・バージン・オイル、胡椒を振りかけ、好みで砕いたクルミまたはパルメザンチーズを振って食す。

補足
4のワインを日本酒に置き換え、さらに醤油小さじ3、みりん大さじ1を加えて仕上げに刻み海苔、カイワレ大根を添えると和風スパゲティになる。