天道たち

新井卓

 例年になく日差しに恵まれた冬のベルリンで、暦はいつの間にか冬至を折り返し、これから日に日に太陽が戻ってくるのだ、と考えるだけで、根拠もなく万事良い方向に転じていくのだ、という気がしてくる。

 夏の終わりごろ「ふるさと」をテーマにした論集に散文を寄せる機会があったが、あのテキストを書いてから数ヶ月しか経っていないのに見ている景色がずいぶん変わった、と思う。水牛にもいつかポルトガル語の「サウダーデ」のことを書いた記憶があるが、結局のところ自由な移動がゆるされ、その経済的時間的余裕が与えられているうちは、きっと「ふるさと」のまぼろしの扉は開かないのだろう。

 ないと聴こえる音、ないと見える光があるように、ないと感じる振動がある。十二月八日に東北が揺れ、スマートフォンにインストールしたままになっている災害警報アプリに通知が届いたとき、めまいのような揺れを確かに感じた。不動のユーラシアプレートの中央に鎮座するこの国で、揺れない、ということがわたしの身体をいかに弛緩させてきたか。地震はおそろしいが、わたしたちが生きた地殻の上で生かされていることについて考える数少ない機会なのかもしれない。

 ベルリンでは日本から職を求めてやってきた人にときどき出会う。大企業の海外駐在員として来ている人が多いデュッセルドルフやフランクフルトなどと違って、ベルリンの彼/彼女らは地場の工場や飲食店で働き、ぜいたくではないが気兼ねのない生活を謳歌しているように見える。日本の人たちが移民や出稼ぎ労働者として海外に大量流出する時代が、もうすぐそこまできている。そのとき母国の不寛容さは海を越えて漂い出し、母国を旅立った人たちに対する不寛容として巡り戻ってくるのだろう。

 大晦日のきょう、ベルリンは朝から牡丹雪になった。眠くて仕方がないこどもを抱えて公園に連れ出し、橇遊びで半日を過ごす。家に帰り、ヤドリギと松の枝で(土地の痩せたベルリンは松の国、といっても過言ではないと思う)即席の門松を作っていると、こどもがトイレットペーパーをちぎってきて飾りつけている。カミサマがくるから、と言う彼に、そんなことを教えた覚えはないのだが、と首をひねりながら、やはりなにかが巡っているのだ、とへんに得心してしまうのだった。人の世の暗い景色に魅入ってはいけない──暖をもとめてアパートのそこら中に忍び込んだ天道虫を見つけるたび、助けようとしゃがみこんで手のひらを差し出すこどもの背中を見ながら、不意に思いついてしまったその言葉の意味について、考えている。

[お知らせ]
水牛で途中になってしまった「精霊馬たち」の最終章は「精霊馬としてのアート 盆とバスと原爆忌──アートバス〈爆心へ〉号、三四〇〇キロの旅」として『原爆文学研究』第23号に引き継いで書きました。刊行は2026年2月予定です。