ベルヴィル日記(15)

福島亮

 12月末から1月初めにかけて、なんだかやけに慌ただしい日々をすごした。その反動なのか、後半は無為にすごしてしまったように思う。1月の初め頃は寒いといっても空気にかすかな温もりがあり、風もひどくなく、今年の冬はやけに暖かいと甘くみていたのだが、後半から寒さが厳しくなり、外を歩いていると頬が切れるように痛む。居間の窓には一日中結露ができ、それがゆっくりと下までつたって、木製の窓枠をふやかすから、窓を開くのも一苦労だ。部屋の中で洗濯物を干していると、空気が湿り、さらに部屋の温度が下がるような気がする。そうこうしているうちに風邪を引き、楽しみにしていた旧正月も、閉め切った窓の外から聞こえてくる音楽を聞きながら、獅子舞を想像するだけだった。

 家から20メートルほどのところにディナポリというチュニジア料理屋がある。ムラウィ(Mlawi)という薄いパンで作ったサンドイッチが名物で、常に行列ができている。薄焼き卵、クリームチーズ、アリッサ(ニンニクとトウガラシのペースト)、玉ねぎ、オリーブを乗せ、くるくると巻いたものがこのサンドイッチだ。つい先日、なんだか疲れていたので夕食はムラウィを買って済ますことにした。注文して、出来上がるのを待っていると、なんだか良い匂いが漂ってくる。横を見ると、細かく砕いたパンが入ったどんぶりのようなものを持った若者たちがいて、そこに店員がスープのようなものを注ぎ、さまざまなトッピングをのせていた。見たことのない料理なので、どんぶりを持っている一人にそれが何かを尋ねると、チュニジアの大衆料理で、ラブラビ(Lablabiあるいはラブレビlablebi)というものだと教えてくれた。

 数日後、満を持して食堂に入り、ラブラビを、と店員に伝えてみた。ちょっと驚いた顔をして、「知っているのか」と言ってから、半分に切ったバゲットをどんぶりに入れて渡してくる。チュニジアのバゲットは、フランスのバゲットと違い、きめが細かく、スポンジのような感じで、いかにもスープをよく吸いそうである。見よう見まねで渡されたパンを細かく千切り、それをボールに入れて改めて店員に渡すと、ひよこ豆を煮たスープ、アリッサ、ツナ、半熟卵、オリーブなどをトッピングし、スプーンを二本添えて返してくれる。壁際の立ち食い席で、どんぶりをかき混ぜ、それを食べていると、何だかここがパリでないような気がしてきた。横では分厚いジャンパーを着た中年女性がやはりラブラビを黙って食べている。その様子をうかがいながら、なんとなく、日本の牛丼屋を思い出していた。はて、ここはどこだろうか。