よく混ぜてから

篠原恒木

以前、ここで軽く触れたことがある事柄だが、今回はそれをより深く、より実例的に、より弁証的な方法で述べてみたい。軽く触れただけではどうにも慊らないのだ。

「よく混ぜてからお召し上がりください」
そのひと言を添えて出てくる料理がありますよね。これは和洋中、どの店に行ってもしばしば耳にする言葉だと思う。

あれはなんなのだ。

たとえば石焼ビビンバだ。厨房からテーブルへと運ばれ、ドンと置かれる。あつあつの石鍋に見目麗しい具材がきれいに盛られている。人参、ほうれん草、大根、豆もやし、ゼンマイなどのナムルが、まことに色鮮やかだ。ここに黄身がトロトロの目玉焼きやユッケも入っているとますますゴージャスな盛り付けとなる。いつまでも鑑賞していたくなるが、すぐさま店のスタッフは、
「よく混ぜてからお召し上がりください」
と告げて、立ち去ってしまう。
そこでおれはいつも思う。
「綺麗な盛り付けは目で味わった。ありがとう。だが、頼むからここから先、つまりよく混ぜるのもそちらで行なっていただくわけにはいかないだろうか」
理由はふたつある。

1. めんどくさい
2. プロの手によってかき混ぜたほうが断然旨い

あれはどうにかならないものなのだろうか。こうすればいいのだ。まず、かき混ぜていない状態でヴィジュアル満点の石焼ビビンバをテーブルに供する。そして鑑賞の時間を約五秒間設け、
「ではかき混ぜますね」
と、店のスタッフがおもむろにスプーンを両手に持ち、手際よく混ぜる。これならテーブルでのパフォーマンス効果もあり、なおかつ最高の味が楽しめるのではないだろうか。
おれのような素人がかき混ぜると、具材がまんべんなく散らばらない。頑張って混ぜても必ず「ユッケ集中箇所」「豆もやし主役部分」「ゼンマイ密集部分」「ほうれん草ごはん地帯」「おこげ部分皆無」というような代物になってしまう。
「もっとまんべんなく混ぜなければ。さらなる撹拌作業を励行せねば」
と思って、時間をかけて作業を進めると、悲しいことに石焼ビビンバぜんたいが中途半端に冷めてしまうのだ。
「お手数をおかけして申し訳ないのですが、プロのあなたがかき混ぜていただけますか」
と、思い切ってお願いしたことがあるが、そのときの石焼ビビンバの味は自分で混ぜ混ぜしたときの十倍は旨かった。だが、店が混んでいるときはそうそう甘えるわけにもいかない。

このように「よく混ぜてからお召し上がりください」は、おれにとっては呪いの言葉だ。納得がいかない。まずきれいに盛り付けた料理を客に見せ、それから調理人がかき混ぜて「さあ、召し上がれ」でいいではないか。そのほうが美味しいに決まっている。なぜいちばん肝心な味のポイントである「よくかき混ぜる」作業を客に委ねてしまうのか。

油そば、まぜそばなどもそうだ。あれはかなりの気合いと熟練の技がなければ、タレが麺によく絡まない。ぐちゃぐちゃっと適当に混ぜて食べ終わると、油ギトギトのタレがどんぶりの底に沈殿していることがよくある。ジャージャー麵などは豚ひき肉だけが大量に残ってしまうという悲しいケースも往々にして発生してしまうのだ。

お好み焼きもそうだ。チェーン店などへ行くと、容器の中にこれでもかと具材が盛られたものが、テーブルの鉄板の脇に置かれておしまいだ。あれでは、
「あとは頑張れ。よく混ぜなさいね」
と言わんばかりではないか。お好み焼きの混ぜ方にはコツがあるのだ。あまり執拗にかき混ぜてもダメらしい。生地と具を混ぜ過ぎず、サックリと混ぜると空気が入ってふっくらと焼き上がるからだ。だがおれにはその加減がようわからん。そちらでサックリと混ぜてくれ、と叫びたくなる。

かと思うと、「よく混ぜなくてもいいのではないか」と思う料理をかき混ぜて食べるヒトビトもいる。カレーライスをぐちゃぐちゃにかき混ぜてから食べるヒトをときどき見かけるが、おれは不賛成だ。いや、例外はある。大阪は難波にある自由軒の「インデアンカレー」などは、真ん中に生卵が鎮座して、ライスは最初からルーと一緒にしっとりと炒めてあるので、あれはよくかき混ぜて食べるしかない。おれが言っているのはカレーのルーが白いライスの約半分にかかっている「普通のカレーライス」だ。あれをわざわざ手間暇かけてベトベトに一体化させる意味がよくわからない。美味しくなるのだろうか。

海鮮丼もそうだ。できればやめてほしい。ごはんの上に整えられたトロ、甘エビ、イクラ、ウニを思いきりかき混ぜてごはんと一緒にかきこむのはどうかと思う。海鮮丼の正しい食べ方はあくまでも「垂直掘削方式」だと固く信じているおれなのだ。トロが載っている部分はその下のごはんを慎重に掘り進めてトロと一緒にいただく。トロ・スペースを垂直掘削したら、お次はウニの部分だ。これも下のごはんを掘削して口に運ぶ。「よく混ぜて」食べなくてもいいものをかき混ぜるのはよくない。ウニとトロをぐちゃぐちゃにミックスさせてごはんと一緒に食べて本当に旨いのか。あれ、旨そうな気もしてきたぞ。いけないいけない。

「おかずが足りなかったら納豆があるよ」
我がツマがそう言って、冷蔵庫から小さい紙カップに入った一人分の納豆を取り出し、そのまま食卓に置いた。紙カップのままというのが侘しいが、我が家には古備前の器などないので仕方ない。この納豆も、いや、この納豆こそはよくかき混ぜるべきなのだろう。もちろん自分でね。「お手数をおかけして申し訳ないのですが、あなたがかき混ぜていただけますか」なんて言ったら、横っ面をひっぱたかれるからね。