新年なのでカードの話をしようと思う。カード松というくらいだかんね。
世の中にはいろんなカードがある。
まずはキャッシュカードとクレジットカードだ。もはやこの二つは欠かせない。
先日、カネを引き出さなければならなかったので、ATMに並んだ。おれの番がきたので、財布から速やかにカードを取り出し、挿入口にスライドさせた。
ところがカードは虚しく挿入口からすぐ吐き出されてしまった。画面を見ると、
「このカードではお引き取り出来ません」という文字が出て、男女の銀行員らしきイラストが「遺憾でございます」という表情を浮かべていた。
「カードに埃や汚れがついているのかな」
おれはカードの両面をズボンで拭いて、再度スライドさせた。ややあって、またカードはペロンと戻ってきた。画面には「困りましたね」という男女の銀行員が再登場している。困っているのはこっちである。
「先日まで何の問題もなく作動していたのに」
おれはカードの反りを点検して、大丈夫と判断し、向きも慎重に確認のうえ、一回目、二回目よりもはるかにソフトに、優しく、ゆっくりと三回目の挿入を試みた。
結果は同じだった。
背後を見ると「ハヤクシロヨナ」という表情を浮かべたヒトビトが、人一倍モタモタしているおれのほうを凝視している。協調性は欠けるが、公共心に満ち溢れているおれはATMの前を離れた。
表に出て、カードの裏面に記載されている電話番号にかけた。問い合わせ・相談センターのようなところの番号だろう。ところがこれが繋がらない。
「ただいま電話が大変混み合っています。そのままお待ちいただくか、一旦電話を切ってしばらくしてからお掛け直しください。なお、この電話はサーヴィス向上のため録音させていただいております」
全身が論理で出来ているおれは、いや、底意地の悪いおれはふたつのことを思った。
ひとつ。
「このままお待ちいただくか、しばらく経ってからお掛け直しください」と言うが、それ以外の選択肢があるのか。「携帯電話を右に一回、左に二回まわしていただくと、繋がりやすくなります」くらいのシャレを言えよ。
ふたつ。
「サーヴィス向上のためにこの電話は録音させていただきます」。よく言うよ。カスハラ対策だろうが。てめえらの魂胆はお見通しだ。
おれは江戸っ子だ。気が短い。ここは直談判しかない。最寄りの銀行を探して窓口に駆け込むのだ。銀行に歩を進めるあいだ、おれは思った。
「なぜこちらに落ち度がないのに、こちらのほうから落ち度のある奴らのアジトへ行かなければならないのだ。理不尽である」
銀行に着いた。おれは現在の窮状を訴えるべく、窓口に直行しようとしたが、入口に立っていた行員に阻まれた。
「順番にお呼びいたしますので、こちらの番号カードをお取りください」
ボタンを押したらカードはペロンと出てきた。おれは既視感を覚えたが、イライラしていたので、行員に訊いた。
「どのくらいの待ち時間ですか」
「それはなんとも」
全身が論理で出来ているおれは、いや、底意地の悪いおれは言った。
「大まかで結構です。時差があっても構いませんから具体的な時間をおっしゃってください。首都高の渋滞表示でもだいたいの所要時間が出るでしょう」
「はあ、それはなんとも申し上げかねます。いま窓口が対応しているお客様のご相談内容にもよりますので」
結局おれは四十分待った。窓口へ向かい、椅子に座って問題のカードを差し出した。おれの鼻息は荒かった。
「このカードをATMに何回入れても弾かれてしまうのです。問い合わせセンターに電話しても埒が明かないので直接こちらに来ました。いますぐカネを引き出さなければならないのです。いますぐなんとかしてください」
窓口の女性はカードを指差しながら言った。
「お客様、これはクレジットカードですので、ATMではお使いになれません。キャッシュカードを入れていただければ問題ないかと存じます」
カードで思い出した。
大昔のことだが、おれは女性ファッション月刊誌の編集長を勤めていた。その当時のある日に、おれの携帯電話が鳴った。珍しいことに有名人からの電話だった。ここ何年もやり取りをしていないヒトだったので、意外だった。
「シノハラさん? 大変なことになっちゃった」
相手の有名人の声は震えていた。
「久しぶりですね。どうしたの?」
「今週発売の週刊文春に写真と記事が載ってしまうんですよ」
「誰の?」
「私ですよ」
「おやおや」
「あれが載ると大変なことになるんです。助けてください」
「おれがどうやって助けるの?」
「シノハラさんなら、何かカードを持っているでしょう」
「え、つまりその記事を掲載中止にしたいわけですか? で、おれがそのカード、いわゆる切り札を持っていると?」
「なんとかならないですか」
「あのですね、第一におれは文藝春秋社の社長ではありません。第二に週刊文春の編集部に知り合いもいません。そして第三、これがいちばん厄介なのですが、週刊文春はあらゆる手を使っても記事を揉み消してくれることはありません。お役に立てずに申し訳ないのですが、おれは他社のしがないサラリーマンに過ぎないのですよ。買い被り過ぎです。そんなチカラ、おれにはありません」
「何か手はありませんか」
相手は、もはや半ベソをかいている。
「申し訳ありませんが、ないですねぇ」
「冷たいんですね……」
「いやいや、冷たいとか、そういうことじゃなくて……」
おそらく有名人はおれにかける前に、何十人もの知り合い、政界、財界、芸能界に電話をかけまくったのではないか。おれへの電話は七十八人目くらいなのだろうな、とフト思った。
「どうしても載せるわけにはいかないんですよ! あれが世に出て大勢の人に読まれると私は終わりです!」
相手は泣きじゃくり始めた。
「不甲斐ないおれでごめんなさいね。ところで、どんな記事が出るの?」
「読めばわかりますよ!」
絶叫を残して電話は切れた。
そもそもおれがそんなカードを持っているはずがないではないか。
現在のおれはビジネス・カード、つまり名刺すら持っていない。
先日、出席者六百人という大規模のパーティに呼ばれた。なんと着席式だという。もはや肩書きもないおれが出席するのは気が引けたが、義理があったのでヨボヨボと格式高いホテルの大宴会場へと向かった。
大宴会場に入る前には受付を済まさなければいけない。受付の長テーブルは繋ぎ合わせて計十五メートルもあっただろうか。十五メートルのうちのどこへ並べばいいのかクラクラしていると、顔見知りのスタッフのかたがいて、エスコートしていただいた結果、無事に受付に辿り着いた。
「やれやれ」と思いながら、招待状を受付の女性に渡すと、彼女が言った。
「お名刺を二枚、頂戴できませんでしょうか」
困った。来るんじゃなかった。お名刺などというご大層なカードなど、もうおれは持っていない。
全身が論理で出来ているおれは、いや、底意地の悪いおれは、ニコニコしながら大きな声で言った。
「今年の八月に雇用延長の契約も切れて、カイシャを追い出された身ですので、名刺を持っていないんですよ」
受付の女性の顔が曇った。大声で言ったので、ズラリと並んでいる受付の女性たち五、六人にも聞こえただろう。どうやら「名刺がない」などとホザくヒトはハナから招待していないようで、対処マニュアルがないようであった。受付女性たち五、六人が協議を始める気配がした。面倒なことになる、と思ったおれは、またしてもニコニコ顔のまま、大きな声で言った。
「あのお、名刺はありませんがマイナンバーカードはあります。それで勘弁していただけませんか」
受付の女性たちが全員大笑いしてくれた。バカウケである。ウケると嬉しい。カイシャを追い出されてイイこともあるなあ、とおれは思った。
つまりだ、カードなんてクソ喰らえである。
どうです。少しはクスッとしましたか。
笑うカードには福来たる、と言いますからね。