わしは本を読まん。人のはなしも聞かん。鵜からいろんなことを聞く。そういう生き方や。人間同士で生活しとると、だんだんだんだん心が縮んでってまう。うつ病とかなぁ。ほかの生き物はそんなことになっとれん。もともとな、学校や宗教があるのは人間だけやからな。ほかの生き物は学校も宗教もねえけどちゃんと健康に生きられる。ちゃんと子孫がつくれる。そういうふうになっとる。 山下純司
(金井真紀『はたらく動物と』から)
これは長良川の鵜匠(山下純司)のことばを金井真紀が聞き書きしたもの。
金井は酒場のママ見習いなどを経て文筆家・イラストレーターとして活躍。その一方、「移民・難民フェス」の実行委員としても活動している。和田靜香(音楽ライター)とともに相撲と生きる人びとを東へ西へと訪ね『世界のおすもうさん』(岩波書店)というユニークな本まで書いた「スー女(相撲女子)」でもある。和田はこの仕事に速攻で乗ってきて、それは「白鵬の立ち合い並みのスピード」だったとか。
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毎日、毎日、カヨとカヨが産んだ子どもたちに囲まれて、世話をして、追われるように、次の子どもたち(おそらく二頭だろう)を迎える。楽しいとか嬉しいでは言い表せない。はち切れそうな、パンパンに膨らんだ気持ち。こんな気持ち、これまで味わったことなかったよ、カヨはすごいね? と声をかけると、それがなにか? とばかりに目を細め、うとうとまどろむ。これからどうなるんだろう。不安も尽きない。けれどまどろむカヨの顔を見ていると、どうにかなるさとつき進む力がどんどん湧き上がってくるのだった。 内澤旬子
(内澤旬子『カヨと私』本の雑誌社)
『カヨと私』は動物文学の傑作である。
内澤旬子には『センセイの書斎』(幻戯書房)などの著書もあるが、現在は小豆島で「ヤギのカヨ」たちと一緒に自給自足的な暮らしを営んでいる。ヤギやネコを世話し、自宅などをDIYで修繕しながら、島での生活を楽しんでいる。その様子は『本の雑誌』連載の「弱虫DIY」にくわしい。過去には自宅で豚(!)を飼い、最終的にはその豚を自分で食べるという経験もしている(『飼い食い 三匹の豚とわたし』岩波書店、参照)。
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今日においても、いぜんとして人の心は、高度に社会的な動物の心と同じである。人の理性と合理的な道徳感の到達点がどれほど動物たちのそれをこえたにしても、なおそうである。私のイヌが私が彼らを愛する以上に私を愛してくれるという明らかな事実は否定しがたいものであり、つねにある恥ずかしさを私の心にかきたてる。ライオンかトラが私をおびやかすとすれば、アリ、ブリイ、ティトー、スタシ、そしてその他のすべてのイヌは、一瞬のためらいもみせず、私の命を救うために絶望的なたたかいに身を投ずることだろう。よしんばそれが、数秒の間だけのものであっても。ところで、私はそうするだろうか? コンラート・ローレンツ 小原秀雄訳
(コンラート・ローレンツ 小原秀雄訳『人イヌにあう』至誠堂)
コンラート・ローレンツは動物行動学者。幼いころからするどい観察とゆたかな愛情を持ちながらさまざまな動物と暮らした。その結果、動物行動学という新しい学問の領域を切りひらいた。小原秀雄も動物学者。
イヌと暮らしたヒトならわかるだろうが、イヌが示す親密な態度はヒトが教えたものではない。生まれながらにして彼らにそなわった美徳である。しかも、その親密さはヒトの示す態度をこえるときもある。それはどこから来るものなのか。ヒトはイヌに追いつけるのか。
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僕の知っているあるイギリス人の学者が「君の馬車を星につないではいけない」という言葉が英語にはあるんだと教えてくれました。”Don’t hitch your wagon to the stars” といいます。もともとは、問題を安直に「なんとかイズム」ですぱっと切り取って、大上段にかまえて大言壮語する若手の研究者・論客(そういうやつっていますよね)をいさめて言われたことなのですが、人生そのものについても適応できる、含蓄のある素敵な言葉だと僕は思います。 村上春樹
(村上春樹『これだけは、村上さんに言っておこう』朝日新聞社)
『これだけは、村上さんに言っておこう』は、作家の村上春樹が開いていた「村上朝日堂ホームページ」に寄せられた読者との交換メールを新たに編集したもの。
英語には “Hitch your wagon to a star” ということわざがある(エマソンの『社会と孤独』に掲載)。これは「大きな理想を抱け」というような意味で、「青年よ大志をいだけ」とか似たようなことわざもたくさんある。
ところが、村上の引く”Don’t hitch your wagon to the stars” ということばは、浩瀚な『現代英語ことわざ辞典』(戸田豊編、リーベル出版)にも載っていない。
もしかして、”Don’t hitch your wagon to the stars” は村上の創作だろうか。それはともかく「素敵な言葉」であることは間違いない。